わたしたちは、精いっぱいの思いとともに頭をさげた。

「ちょっとちょっと、ほんとやめてよね、そういうの」

「だけど、わたしたち―」

「あのね」

と先輩は、言った。

「お礼を言いたいのは、むしろわたしのほうだよ」

え……?

わたしとマオは、きょとんとして顔を見あわせた。

「あの……それって、どういう意味ですか」

「だって、この一年、ほんとに楽しかったもの。四月に初めて会議にきたときは、まさかこんなかわいい後輩たちに会えるなんて、ぜんぜん思ってなかった。おかげで、しっかりと、いい先輩ってやつをやらせてもらいました」

「先輩……」

「もう! なに二人して涙目になってんの! そういうのなしって言ってるでしょ!」

先輩は、右手をわたし、左手をマオ、それぞれの肩の上に置いた。

「あとのこと、よろしくたのむよ」

「え! そ、そんなの、ぜったい無理です!」

わたしとマオが同時に首をぶるぶる振ると、先輩は笑った。

「そんな、いちいち身がまえて考えなくてもいいよ。わたしがたのみたいのは、ずっとこれからも、この学校を好きでい続けてほしい、っていうこと」

わたしたちは、今度は迷うことなく

「はい!」

と答えた。

「それと、もうひとつ、これはまあ、気が向いたら、ということだけどね」

わたしとマオは、たがいの頭上に浮かんだはてなマークを交換しあうように、もう一度顔を見あわせた。

「一年後、もし良かったら美咲ノ杜においで。そのときは、またいろんな話をしよう」

「はい!」

三月、卒業式――校歌の斉唱ではちょっぴり涙ぐんだけれど、最後はちゃんと、笑顔で先輩を送ることができた。

それからの一年、わたしもマオも、先輩と交わした最初の約束を最後まで守り通した。後輩たちから見て、わたしたちが、サキ先輩のような存在になれたかどうかとなると、正直、まるで自信がないけれど……。

そして、この春、わたしたちは、先輩とのもうひとつの約束も、ちゃんと果たすことができたのだった。

※本記事は、2021年4月刊行の書籍『六月のイカロス』(幻冬舎メディアコンサルティング)より一部を抜粋し、再編集したものです。