「流行性角結膜炎です。家から出ないでください。片目2週間、もう片方の目も目脂などの症状が出てますので1ヵ月は出勤停止です」

診察のとき、

「誰か身近に同じ症状の人がいましたか?」

と問われて、そういえばと母親のことを話した。

「それですね」

と先生は言う。

眼科の看護師さんも僕が触れたであろう椅子や医療器具など消毒用アルコールをダバダバかけて消毒して回っていた。何か汚いばい菌扱いだなぁと思った。

職場に電話すると診断書は持ってこなくてもよいのでそのまま家で療養するように言われた。実家にも電話して母に抗議したが、「あらあら。まあまあ」ぐらいの対応だった。

仕方ない。僕はステロイドなどを飲んでいるから免疫力が人より弱く、日和見感染はしやすいのだ。この“日和見感染”とは、通常では殆ど病気を発症しないような弱い病原体によって引き起こされる感染症のことで、母親のように健康な人は感染しても発症しない。

目が開かないので、本も読めないし、テレビも観られない。ベッドで寝ていても退屈で仕方ないのでラジオを聴いていた。食事は母のつくり置きがあるので困りはしなかったが、それも3日ぐらいで底をつく。誰も助けを呼べないので、仕方なく目脂を落として近所のスーパーに買い物へ行く。本当は絶対にやってはいけないのだが……。

2週間後、逆の目からも目脂が出始めた。眼科の先生の言う通りだった。こうして僕が自宅で療養している間、職場の利用者さんの何人かが大変なことになっていた。たった1日僕が出勤したせいで、4人くらいが流行り目に感染してしまい発症してしまったのだ。12月は家族親族の家に帰宅する利用者さんもいるのだが、流行り目に感染したため帰宅が中止になってしまった。本当に申しわけないことをしてしまった。

そんなこんなで両眼が完治した。やっと出勤できることになり、車を走らせていると真正面から自転車を漕ぐ男子高校生が現れた。彼は顔を下に向けたまま自転車を走らせていた。僕はヨロヨロと車を動かしていたのだが、彼は僕の車に気づかず激突した。身体が飛び、車のフロントガラスに顔をビタンと張り付かせズルズルと落ちていく。

咄嗟のことで僕は呆然としていたが、

「なんてこった! 人身事故だ! よりによって病明け初出勤に」
と慌てふためき、車から飛び降りて彼の側に近づいた。僕が駆け寄ると彼は飛び起きて自転車に跨り、

「すいませんでしたっ!」

と風のように去っていった。

警察を呼ぼうにもどうしようもなかったのでそのまま職場に行った。総務課で、

「病気でご迷惑おかけしました。あと、さきほど高校生を跳ねてしまいました。でも相手は風のように去っていきました」

と消え入るような声で報告したら、大きなため息をつかれ、

「何もないなら大丈夫でしょ」

と一言。やれやれだった。母の持ってきた流行り目のおかげでとんだ1ヵ月を過ごしたのだ。