会場がざわめき始めた。質問者が変わった。

「ウィーク・ニューズのヨハネス・ビヨルテンボルグです。このまだ題名さえも決まっていない映画がどうしてこれほどの興味を誘うのか。我々マスメディアには、インド・ヨーロッパ語族の(よしみ)からではないかと冗談を飛ばす輩もいます。私は監督が日本人であることに意味を見出そうとしましたが、違っておりましょうか? 涯監督にお聞きいたします。何故この映画を撮ろうとなさるのか。また、配役に日本人を入れるなどをなさろうとされるのか。質問は以上です」

スウェーデン系と思われる若い記者は、そそくさと座り涯鷗州の答えを待った。涯監督はさっきとは違って、やや物憂げにマイクを持って立ち上がろうとした。その時、ハービク所長が横やりを突き出した。

「涯監督は撮影の合間にここに立たれました。彼のこの映画に対する取り組みは傍から見ていても凄まじいものがあります。彼の意図は私にも、ハマーシュタイン氏にも十分すぎるほどに伝わっております。彼がこの席で皆さんに発表できるのは、題名と、主役の日本人俳優の概略ということでよくはありませんか。それ以上お聞きしたければ、後日、特に席を設けてということにいたしましょう」

所長は涯監督に発言を譲った。涯監督はおもむろにマイクとともに立ち上がった。笹野たちも今度こその気持ちで固唾(かたず)を呑んだ。

「監督の涯鷗州です。このたびの映画の題名は『マルト神群』といたします。よほどのインド神話に詳しい人でない限り、このマルト神群をご存じではないでしょう。雷神インドラの配下、複数の同一個性集団、ルドラ、のちのシヴァ神の実の息子たち。このインド世界にもメソポタミア世界にも、聖書世界にも自由に行き来出入りして、人類との折衝(せっしょう)を図った神々です」

ここまで監督はやや拙い英語で一気にまくし立てた。そして大きく息を継ぐと、

「この映画の意図など実を言いますと何もないのです。何か背後の大きな何かが、私をして映画として作り上げようとしている。そうとしか申しようがありません。そのきっかけを作った人間が一人います。日本人俳優、この映画で主役のマルトを演じる『婆須槃頭』です。

彼との出会いがなければこの映画に行き着けなかったでしょう。しかし今、皆さんがこの男にお会いするのは不可能でしょう。ただ一つだけ言えるのは、この俳優は全人に近い存在だということです。彼の概略をとの質問ですが、彼も詳しく自分のことを話さないので私も知りようがない。ただ一つ言えることは……いや、これを申し上げるのはやめましょう」

涯は突然言葉を打ち切って着席した。

※本記事は、2021年5月刊行の書籍『マルト神群』(幻冬舎メディアコンサルティング)より一部を抜粋し、再編集したものです。