キヨミはすぐに飛んできてくれた。キヨミの入室と同時に父親は拳銃をズボンのポケットにもどした。

「どないしたん。外に全部聞こえとるで」と言いながら、キヨミは坂元の隣に座り事情を聞き始めた。話の腰を折られた形となった父親の興奮も少しは冷めてきた様子だ。キヨミは意識的に間を取ったのだ。そして、(おもむろ)に目の前の親子に話しかけた。

「私はこの子たちの母親みたいなもんや。大体の話はこの子から聞いたで。お宅の娘さん、ちゃんと病院で調べたんか」

と言った意味のタガログ語を話しているように幾世には聞こえた。

アナベルの父親の話も一通り聞いたキヨミは二人に説明した。アナベルは一○日以上も生理が遅れている。やたらお腹もすくし体もふっくらしてきたので子供ができたに違いないと報告してきた。相手は日本人と言うではないか。

自分の住む村に日本人に捨てられた娘がいる。相手の日本人はその娘の妊娠を知るやすぐに日本に帰ってしまった。連絡先も分からないので探しようもない。その娘は子供を生んだが、非常に悲惨な生活をしている。愛娘のアナベルにはその(てつ)は踏ませない。だから、相手にはそれなりの責任を取ってもらうし、絶対に逃がさない。結婚してくれれば何も言うことはないが、とのこと。

「明日私が責任を持ってアナベルと病院へ行き検査をしてきます。その結果を見てまた話をしよう」と、キヨミはアナベルの父親に提案した。そして、翌朝一○時に会社近くのマニラドクターズホスピタルのロビーで待っているとアナベルと約束した。

「分かった。とりあえずはアンタに任せる」と言い残し二人は帰っていき、危機は去った。キヨミに間に入ってもらったことは正解だった。

坂元は顔面蒼白の放心状態のまま固まっている。キヨミの助けによりひとまず窮地は脱したが、今後の事もあるのでその場で作戦会議が行われた。キヨミはこうした問題に首を突っ込むことを厭わない。いや、むしろ楽しんでいる観さえある。

「坂元君はあのアナベルって子と結婚する気はあるんか」

「いゃ……」と声を振り絞るように発したが、イエスかノーか分からない。

「はっきりしーや。子供やないんやから」

「彼女のことは好きだけど、あの父親を見たら何て言うか、冷めちゃったって感じで」

「瞬間湯沸かし器みたいに熱くなったフィリピン人は何するか分からんからね。歯止め効かんし、仕舞にゃズドンよ」

※本記事は、2021年6月刊行の書籍『サンパギータの残り香』(幻冬舎メディアコンサルティング)より一部を抜粋し、再編集したものです。