病院へ戻り、父の傍へ行くとなにも話せず、ただ動くほうの手で私の手を握り返しました。

その手の力がだんだん、だんだんと弱くなっていくのを感じ、「本当に最期なんだ」と知りました。

思えば、父と手をつないで歩いた記憶もありません。

父は非常に不器用な性格で、私に対していってほしかった言葉も、人に対するねぎらいの言葉も声に出していってくれたことが、生涯でただの一度もありません。

「ありがとう」も「すまんな」も全部全部入っていたよね。

娘に人生のお終いに、手足をさすってもらってうれしかったよね。

父の呼吸が、徐々に浅くなっていくのを感じていました。

倒れて3日目の朝3時半に固定電話が大音量で鳴りました。

「お父さんが危篤です、すぐに来てください」

もちろん、すぐに駆けつけましたが、ここからが昭和一桁生まれの心臓の強さです。

17時間近く、生命維持装置で持ちこたえました。

私は疲れて、病室の床で寝てしまいました。

家に着替えに戻ったあいだに、再度危篤の連絡があり、私の到着を待っていたように生命維持装置は外されました。

「ご臨終です」

「え? これで終わり?」

いくつも疑問符が沸いては消えました。

ここでもまだ実感は湧いてきません。

ただ、「これからどうしよう」という思いで頭のなかはいっぱいで、涙は一滴も出ませんでした。

※本記事は、2021年8月刊行の書籍『花びらは風にのって』(幻冬舎メディアコンサルティング)より一部を抜粋し、再編集したものです。