第1章 心構え

1+1=3にする

ゼネコンの現場監督ってどんな仕事ですか? と聞かれたらあなたはどう答えるだろう。

スマートゼネコンマンならきっと、【1+1を3にする仕事】と答える。

抽象的でわかり辛いとは思うけど、僕が尊敬していた現場監督の猛者たちは、必ずこういう能力を持っていたし、言葉にはしなくても、日々の業務において意識していた。もちろん僕自身、これを意識できるようになってから、飛躍的に仕事が楽しくなった。

ありきたりな回答で言えば、建築士が描いた設計図を現場の職人に伝え、要求通りの建物を完成させるのが現場監督の仕事だ。何せ色んな立場で人が関わる仕事のため、様々な人間関係の板挟みにされる。その中で、膨大な説明資料の作成に追われるこの職業を、わかりやすく言い表すのは無理がある。

そこで、1+1=3とは何か、料理に例えて説明しよう。

ある夫婦が共同でカレーを作る場合、それぞれの能力を1とする。夫が食材をカットし、妻はカットした食材を炒めて、煮込む。それぞれの仕事をすればちゃんとカレーが完成する。これが1+1=2だ。

この時、カット担当の夫がちゃんと仕事しても、調理担当の妻が煮込む時間を間違えたりルウの分量を間違えたりすればまともなカレーは完成しない。この場合は、1+1=0だ。こうなることはあまりないけど、大抵の現場では1+1=2、現場監督がたいして活躍しなくても、職人同士がお互いの仕事を果たせば、それなりのものは完成する。

では1+1=3とは何か。普通のカット担当は、単に食材を指定の形にカットする。この時、次の調理がしやすいように仕込み包丁を入れるのが1+1=3の考え方だ。

同じ調理時間なら、仕込み包丁を入れた方がより味が染み込んで普通に作るよりも早く完成したり、美味しくなったりするからだ。あるいは、メインの肉が引き立つように他の食材を小さめにカットすることもあるかもしれない。

こういったひと工夫が、建設現場のそこかしこで実行されるように意図的に仕向けることこそ、現場監督の役目なのだ。

職人は誰しも自分の仕事に対して、高い技術と誇りを持っている。でも、自分以外の工事に関してはそれほど興味がないものだ。特に建物の骨組みを造る躯体工事の職人が、建物の内装関係の仕上げをする仕上工事のことを考えて仕事をすることはまずない。

中には意識の高い職人もいて、現場監督からすればスーパーヒーローに見えるけど、そんな人はほんのひと握りしかいない。だけど、ヒーローがいようがいまいが、仕上工事を美しく完成させるには、それに相応しい躯体工事が必要であり、建物によってひと工夫のポイントは違う。

それを見極めて職人にうまく伝え、通常より素晴らしい結果を導き出し、1+1を3にする。それが現場監督の役割だ。

1を発揮させる

1+1=3を引き起こすために大切なのは、まずちゃんと1を発揮させることだ。50人現場にいたら、少なくとも50以上の結果にしなければいけないわけだから、当たり前の計算だけど、誰かが1以下になってしまうと圧倒的に不利になる。

でも、案外こんな状態の現場は少なくない。この状態は、現場監督と職人のコミュニケーションが最悪な場合に起こる。

ゼネコン側と職人のコミュニケーションがうまく取れていない場合、現場の空気が悪くなってみんなやる気が出ない。ゼネコンの社員は、多少上司が理不尽でも耐えようとするけど、職人はそうではない。この現場が嫌なら他の現場に行けばいいからだ。

実際に、とても独裁的で理不尽な現場所長に腹を立てた鳶職人チームが朝礼中に激怒して帰り、現場をボイコットしたこともある。ちなみにその現場は何とか完成こそしたが、別会社の鳶職人を手配するために工期が遅延したり、余計な施工手間が増えたりするなどして工事費用が嵩み、大赤字になったそうだ。

こんなことにならないために、まず一人ひとりに本来その人が持っている1を発揮してもらうことが大切だ。そのためには職人もそうだけど、現場のゼネコン社員同士もしっかりコミュニケーションを取り、マネジメントをするべきだ。マネジメントって言うと難しそうだが、これをできずに現場監督は務まらない。

振り返ると僕のゼネコンマンとしての環境は、とても恵まれていたと思う。この「1を発揮させる」ことも、上司や周囲の方から教えて頂いた考え方だ。

僕が入社したゼネコンでは、最初の2年間はローテーション研修といって、現場監督だけでなく、図面を描く部署や、見積りをする部署など、各部門をローテーションしていく、いわゆるOJT(On-The-Job Training)が採用されていた。

僕のローテーション研修の、第一弾は工事用の図面を描く部署だった。当時、僕が想像していた現場監督のイメージとは程遠い、毎日スーツを着て、いかにも東京らしいオフィスビルに出勤する新米サラリーマンとして社会人生活が始まったのだ。

だが、もともと体育会系育ちのせいか、堅苦しい空気感がとても苦手だった。根性だけは負けない、と全く業務に関係なさそうな自信はあったものの、イスにずっと座っているのも退屈で、すぐにあぐらを組みそうになったり、パソコンの画面を見続けることにも飽きてすぐにタバコを吸いに行ったりしていた。デスクに座って仕事をし続ける根性はなかったのだろう。

そんなオフィス勤務生活にも慣れてきた日のことだ。

当時の直属の上司は、丁寧に仕事を教えてくれるし、あまり余計な会話もなく、黙々と仕事をするような人だった。副課長という役職だったので、もう入社10年以上のベテラン社員であり、とにかく仕事一筋といった人だった。

ある日、会社に届け出る諸々の手続きについて上司に質問をする中で、部署内の事務の女性社員の名前がわからずに、「事務のおばちゃんに言われました」と上司に話したところ、それまで全く怒ったことのない温厚なその上司にひどく叱られた。

「おばちゃんじゃない! 一人ひとりにちゃんと名前があって、役割がある。みんながその役割を果たしてくれるから会社の仕事が成り立つってことをわからないようでは当社の社員として失格だ」

今でもそう言われた時の、自分の学生気分が抜けていない恥ずかしさを覚えている。事務なんて誰にでもできる、とその時の僕は軽視していたのであろう。もちろん、そんなことはないのだ。〇さんが事務をやってくれているから自分の仕事もスムーズに進むし、〇さんだからこそできる、大切な「1」なのだ。

その上司にはこうも言われた。

「今おまえにやってもらっている仕事くらい、俺がやろうと思えばできるし、俺がやった方が早い。でも、どんな些細なことでもお前がやってくれると、その分手があくから、俺が次のステップに手が届く。だから全体としては高い成果が出るんだから、お前のその部分的な仕事も大事なんだ」

当時こう言われた僕はなんとなく「そんな言い方するならあんたがやってくださいよ」とか思って腹立たしく感じたような気もするが、今思うとこんな言葉をかけてくれる上司もなかなかいない。当時に戻れるのなら、「ご指摘ありがとうございます」と伝えたい。

こういったことの積み重ねで、僕は「1を発揮する」大切さを身に染みて実感していった。

※本記事は、2020年5月刊行の書籍『スマートゼネコンマン~残業なしで成果を出す次世代現場監督~』(幻冬舎ルネッサンス新社)より一部を抜粋し、再編集したものです。