私は京子の病気が発症して以来、孤独と悲しみを背負い、すぐ落ち込む精神状態になっていた。しかし、京子を看なければならないという、義務感だけで心を平衡に戻していた。まるで、陰気臭い一人芝居をしているようだった。

私の未来に対する気力は、勢いを失いかけては、京子の命の息づきに慰められて、補充されていった。

「そうだ、風の噂で、君の入院を知った町内会の人達が、健康第一と、朝早くから散歩を始めた。きっとこれから、まだまだ広がっていく。すごい人の繋がりになって、みんな頑張っている。恩返しだって、一緒にしていこう」

「一緒ニ?」

京子はいぶかりながらも、思ってもみなかった明るい反応を示した。

「そう一緒に」

「最後マデ?」

「もちろんだよ」

「ホント? ソノ言葉ガ、チョット、遅イヨ」

ようやく、悲しみよりも、微笑みが勝った、今日一番に会った、はずんだ感じが京子の顔に戻ってきた。

町内の人達は、介護サービスの巡回風呂の自動車が、私の家の前に止まっているのを何回も見ていた。以前から京子が脊柱管狭窄症と心臓病で病院に通院しているのも知っていた。

私は毎日、病院で付き添いをするようになってから、町内の川掃除や、ごみ拾いのボランティア活動に参加できなくなったため、難病ということを伏せて、町内会長だけに入院の事実を告げていた。但し、見舞いは断った。京子が退院することはなく、見舞い返しができないことが心苦しかったからだ。

個室での入院が一カ月を超えた頃、病室の壁には、小さな予定表が二枚、貼られていた。一枚は四回の表示があり、もう一枚にはコンフォート(外国製のおむつの名前)交換の十時と二十時の二回の絵表示がされていた。今、使っているおむつを使い果たしたあとの、切り替えを意味していると思われた。私は不意を突かれたように見入ってしまった。それに対して京子の反応は早かった。

「カミ、カミ、カミ」

口パクで今まで喋っていたこととは別に、再度、五十音字表を目の前に立てるように促された。

「看護師サンノ、手抜キジャナイ」

京子は眉根をよせて私に慌てて訴えた。

「自分ガ、頼ンダ」

※本記事は、2021年7月刊行の書籍『ALS―天国への寄り道―』(幻冬舎メディアコンサルティング)より一部を抜粋し、再編集したものです。