「わしは、それだけで終わらなかった。多くの人間が死んで、持ち主の分からなくなった土地を自分の名義に書き換えた。土地を管理していたのは、日本語の読み書きが苦手な進駐軍の兵隊だったから簡単だった。上官から命令されると簡単に名義を書き換え、市長の印鑑を押した。気がついたら、奇怪市街地の三分の二は、わしの物になっていた。奇怪大島が本土に復帰した当時、大騒ぎした者もいたが、あとの祭りよ」

相手を威圧するような威厳を持つ和服の男は、大きく口を開けて笑った。近くで聞いている者など誰もいないという安心感も手伝って、この男の口は、いつもに増して滑らかだった。

「時代の流れを掴む感覚はさすがです。敬服いたします」

スーツの男は、丁寧に酒を注ぎながら、上機嫌の男の表情を伺った。

「ところで今夜、私をご招待下さった理由をそろそろお聞かせ願えませんか。そろそろ」

「おっと、そうじゃった。話がいらん方向に進んだようだ。話は難しいことじゃない。あんたが一言声を掛けてくれるだけでいい。あとは何もせんでもいい」

「私に出来ること? 声を掛ける?」

スーツの男は小さい目を見開いて聞いた。

「その通り。ただし、そのお礼として、あんたの職場の近くの空き地、勝手に使って貰ってもいいぞ」

「ええっ。あのビロウ浜海岸に面した最高の土地じゃないですか」

スーツの男は、大袈裟に驚いて見せた。

「まあ、あんたが十回退職金を貰っても払えんじゃろうな。ついでに、丈夫なビルでも建ててやろうかぃ。奇怪に来る台風は、強いからやぁ」

「先生、ご冗談を。私をからかわないで下さい」

スーツの男が笑いながら言うと、和服の男の目が凄みを増した。

「わしが冗談を言うため、わざわざこんな場所にあんたを呼び出すと思うのか。わしはそこまで暇じゃない」

スーツの男は後ろに下がり、ひれ伏して頭を下げた。でっぷり膨らんだ腹がじゃまになったが、とにかく頭を下げ続けた。

「失礼しました。申し訳ありません。では、私は何をすればよろしいでしょうか」

「頭をあげんね。ありがとやぁ、そう言ってくれるち思うとった。いや、頼みというのは、あんたのところの二課を動かして貰いたい」

「二課ですか? 一課じゃなくて?」

「一課を動かすような物騒な話じゃない。いつも欠伸をしながら鼻毛を抜いちょる、あの二課じゃよ」

スーツの男は、小さく頷き、再び酒を注いだ。和服の男は、さらに表情を崩しながら大声で笑った。

※本記事は、2021年6月刊行の書籍『フィクション小説 嘘から出たウソ』(幻冬舎メディアコンサルティング)より一部を抜粋し、再編集したものです。