子犬が十ぴきになった日の夜、カルロスの所へ二人の男が大きな木箱を運んできた。

「うまくやれよ」

おどすような口調(くちょう)で言うと、男たちは出ていった。カルロスは、しばらく箱をながめていたが、ナイフを取り出して木のふたをこじ開け、木くずに埋まっている黒い袋をテーブルの上に並べた。

それは、よく見ると黒い液体が入った透明(とうめい)なプラスチックの袋だった。この黒い袋の数は十個、今いる犬の頭数と同じだ。手に持つと袋はずっしりと重く、カルロスの手のひらがすっかりかくれるほどの大きさがあった。最初にこの黒い袋を手にしたのは、わずか半年前のことなのに、カルロスにはそれが何年も前のように感じられた。

あれから何回木箱を開けたか、袋を何個取り出したか、はっきりと思い出すことはできない。半分髪にかくれた無表情な顔のまま、カルロスはぶつぶつとつぶやき始めた。

「初めは、この袋を手に取ることもいやだったなあ。一回手術するたびに、自分の心が切り取られるように恐ろしかった。……今はもう何も感じない。あと何回でも、やれと言われればやれる……」

「……俺はコカインをやめられない。だから命令されれば、手術しなきゃならない。そうしないと、コカインがもらえないからな……」

「……こんな仕事……うれしいわけじゃない。俺がうれしいって思うのは、これからコカインを吸えると思うときだけだ」

ぶつぶつと独り言を言うカルロスを、天井からぶら下がっている裸電球(はだかでんきゅう)のうす暗い光が照らしていた。翌日、カルロスは白衣を着て大きなテーブルの前に立っていた。目の前には、麻酔(ますい)をかけられたラブラドールレトリバーの子犬が仰向けに寝かされ、四本の足はひもで固定(こてい)されている。

カルロスは眼鏡をかけ、手術用の手袋(てぶくろ)をはめた手で、子犬のおなかにスーッとメスを走らせ、皮ふや腹膜(ふくまく)(14)を開いて腸が見えるようにした。次に、消毒液につけておいた黒い袋を子犬の腸の間にすべりこませると、開いた時と逆の順に、次々と手際(てぎわ)よく縫(ぬ)い合わせていく。

テーブルの上の赤いシミは、子犬から出た血が広がったものだった。カルロスは手術の終わった子犬をケージの中に横たえ、手袋を外して、タバコに火をつけた。

※本記事は、2021年7月刊行の書籍『ヘロイーナの物語』(幻冬舎メディアコンサルティング)より一部を抜粋し、再編集したものです。