(逆(さか)らってもむだだ。使用人たちだけは危険な目にあわせないでほしい)

コンスエラは心の中で必死に祈り続けた。怖さにふるえながら見ている使用人たちに向かって、背の高い男が言った。

「この女を返すことはできない。お前たちは何もかも置いて、三日以内にここから出ていけ。言うことを聞かないやつは、この女と同じ目にあうぞ」

言い終わると、コンスエラを乗せたトラックは走り去った。使用人たちは、命が助かっただけでもよかったと思いながら、我先(われさき)に牧場を後にした。コンスエラのことは心配だったが、どうすることもできなかった。

この地方には、警察署(けいさつしょ)もなく、もしあっても麻薬ギャングに連れ去られたコンスエラを助けてくれるとは思えなかった。使用人たちが牧場を去った後、一人だけ残っていたフェルナンドが、犬の鳴き声に気付いた。

「お前たちも連れていってやりたいが、それはできない。その代わり、どこでも好きな所へ行け」

フェルナンドは犬小屋の戸を大きく開けてやった。主人のいなくなった大きな家の前にフィオリーナがポツンと座っていた。(せめてこの子犬だけでも連れていってやりたい)フェルナンドは、かついでいた麻袋(あさぶくろ)の中にフィオリーナを入れて牧場を後にした。凶悪な男たちがやって来る前に、少しでも遠くへ行かなければならない。フィオリーナは、フェルナンドの背中で何も知らずに眠った。優しかったコンスエラや牧場ともこれでお別れだった。

※本記事は、2021年7月刊行の書籍『ヘロイーナの物語』(幻冬舎メディアコンサルティング)より一部を抜粋し、再編集したものです。