第二章 コーヒー農園

第五話 ラジオ放送局

マリアとフランシスコがアパートで暮らし始めた三年後に犬のクレアが死んだ。マリアはフランシスコが学校へ行った後、家の中に一人でいることが耐(た)えられなくなった。夫がなぜ、死ななければならなかったのか、なぜ警察は助けてくれなかったのか、一人でいるとそのことばかり考えていた。

そんなマリアを心配した女友達が、マリアをボランティアの仕事に誘(さそ)った。その友人はビクトリアといい、いろいろな社会活動を行っていた。ある日、ビクトリアは小さなラジオ放送局にマリアを連れていった。ビクトリアの話によるとその放送局は、誘拐された人に呼びかける番組だけを放送しているとのことだった。

二人が建物の中に入ったとき、せまいロビーは人でいっぱいだった。順番を待っている列の中にいた、一人の若い女にビクトリアが声をかけた。

「あなたのお子さんは、必ず生きていますよ。あなたの呼びかけを待っているのよ。希望を捨てないでね」

若い母親は、涙(なみだ)をぬぐってやっと作ったような笑顔をビクトリアに向けた。

「あの人の五歳の娘(むすめ)は、先月誘拐されたのよ。ここにいる人たちは、みんな家族が誘拐された人たちなの。毎週、遠くからこの放送局に来るのよ。いなくなった家族に呼びかけるためにね」

びっくりして声も出ないマリアに向かって、ビクトリアは続けた。

「この国では毎年千人以上の人が誘拐されているのよ。身代金(みのしろきん)を払(はら)った後に帰ってくる人もいるけれど、多くの人は何のために誰に誘拐されたかも分からないまま帰ってこないのよ」

「悲しい思いをしているのは、私だけじゃないのね」

マリアは、少し考えてから言った。

「私にも、何か手伝わせてくれない? ビクトリア」

「もちろんよ。そのためにあなたを連れてきたのよ。遠くから来る人の案内を手伝ってちょうだい。助かるわ」

マリアは、その日から毎週、放送局に通うようになった。そうするうちに、少しずつロレンソや農園を失った悲しみがうすらぐように感じた。フランシスコはこの石造りのアパートから学校へ通い、大学を卒業して警察官になった。警察といっても、父を見殺しにしたあの地方の警察ではなく、国家警察だった。

しかし、国家警察官は麻薬ギャングに命を狙(ねら)われることが多いので、マリアはとても心配だった。

「もっと、安全な仕事にしてちょうだい。フランシスコ」

「母さん。父さんとの約束を忘れたの? いつかこの国は安全で平和な国になる。僕(ぼく)はそのとき、平和の役に立ったと思える仕事がしたいんだ。何もしなかったと後悔しないようにね。そして父さんとの約束どおり、うばわれた土地を取り返すんだ」

マリアはそれ以上反対することができなかった。心の中では、成長したむすこを誇らしく思っていた。