山登りにも大会があるのか

私たちが登ってきたコースの下のほうから、にぎやかな声が上がってくる。大変な数だ。

たちまち、大集団が頂上にやってきた。ジャージの人が多い。腕に「佐野高校」「小山高校」「足利学園」などとネームが入っている。私は先生らしい中年男に聞いてみた。

「登山部ですか?」

「ええ、今日は栃木県の高校山岳部の大会なんです」

「へ~、何人くらい来るんですか?」

「二百人です」

「え!」

別な先生が、トランシーバーで下のほうと連絡を取っている。

「先頭は頂上に着きました! はい、どうぞ!」

女の先生が、次々に頂上に登ってくる高校生たちに呼びかけている。

「頂上を踏んだ人は、すぐ下山しなさ~い!」

別な男の先生が横から付け加えた。

「下のあの広いところでお弁当にしていいですよ~」

私も頂上に30分いて、登ってきた東側とは違う北側のコースから下山することにした。滑らないように慎重にストックを使う。

男が三人登ってくる。三人は四つん這いになって止まったまま、下山する私を見つめている。

「そっちですか、道は?」

と聞く。

「ええ、ペンキの印が、この岩にも、あそこにもありますから、こっちだと思いますが」

三人は凍った斜面で、四つん這いのまま動けずに私に話しかけてくる。

「ここで戻ろうと迷っていたのですが、上のほう、大丈夫でしょうか?」

三人は滑落が怖そうだ(こんな雪は想定外だったようだ。山登りは抜かりない準備が必要だ)。

「頂上にいたら、何人もこのコースから登ってきていましたけど」

と私が言う。

「そうですか……」

いま、この男たちは不安と闘っている。彼らは足を滑らせたら、本能的に手指五本を雪のなかに突き刺すだろうが、ほとんど無意味だ。ピッケルを雪のなかにぐさりと突き刺せば体を止められるのに。秋山にも時には冬山の道具が必要なシーンだ。

「アイゼン付けている私は、ちょっとオーバーですよね」

と私が言うと、

「いや、とんでもないですよ。いいな~、アイゼン……」

三人は慎重すぎるほどの行動で、どうにかそこを脱出した。

座禅山の向こうに菅沼が緑の水をたたえている。弥陀ヶ池まで下りてくると、池畔には家族連れらしい三人がいた。小学1年生くらいの女の子が、お父さんと雪だるまをつくって遊んでいる。お母さんがその横の敷物の上で、リンゴをむいていた。

うちの娘にもあんなときがあったな、と昔を思い出す。

午後1時30分、菅沼茶屋に戻った。下界は紅葉見物のドライブ客でごった返していた。

※本記事は、2021年4月刊行の書籍『山心は自粛できない』(幻冬舎メディアコンサルティング)より一部を抜粋し、再編集したものです。