(4)渋谷の大人の隠れ家 円山町

渋谷のスペイン坂は、若者に人気のある丘の斜面の町ですが、同じ丘の斜面の町、円山町は大人に人気のある静かな町です。円山町へ行くには幾通りものコースがあります。

道玄坂を上って百軒店の商店街に入った奥からでも行けますし、百軒店入口を通り過ぎて少し進むと右に滝坂道の入口があり、そこを入ると滝坂道の右側は既に円山町です。また文化村通りから坂を上っても円山町へ行けますし、道玄坂小路から階段道を上っても行けます。更に井の頭線の神泉駅からも直ぐに円山町に入っていけます。

幾つもの出入口のある円山町は、四方八方から出入りできる開放的な街ですが、夫々の道は互いに繋がりあっているので、歩いていると複雑な迷路に入ったようです。

永井荷風は著書「日和下駄」で、東京の街の魅力が「路地」にあると書いていますが、その魅力とは「どこから這入って何処へ抜けられるか、或は何処へも抜けられず行止りになつてゐるものか否か、それは蓋し其の路地に住んで始めて判然するので、一度や二度通り抜けた位では容易に判明すべきものではない。」と述べて、そのような路地を褒めていましたから、円山町はきっと荷風散人も好む町でしょう。

しかし、円山町は嘗て大山街道の宿場町の跡地であり、三業地だった伝統のある町なので、今でも老舗の料理屋が何軒か残っているところです。戦後にラブホテルの町となっても、円山町の雰囲気には、新宿歌舞伎町のような猥雑さはなく、都会の喧騒から逃れたい人が気軽に入り込める隠れ場所のようなところです。

大抵の大都会には賑わいと静けさの陰陽の組み合わせがあるものですが、円山町は渋谷の陰を代表するところでしょう。

※本記事は、2021年5月刊行の書籍『東京の街を歩いてみると』(幻冬舎メディアコンサルティング)より一部を抜粋し、再編集したものです。