彼も、午後の試験トライに悩んでいることが分かった。

「その通りだな」

彼の言うことは、よく分かる。

「結果は、全てやってみなければ分かりません」

私に言っている言葉が、彼自身に言い聞かせているようにも聞こえた。私は、彼の言葉に勇気付けられて、落ち込んでいた気持ちを立て直し、午後の試験を受けることにし、自席に戻り、開始の合図を待った。

午後の試験の「始めて下さい」の声で問題用紙に目を落とした。

午前の時は、受験番号、名前を記入するのに緊張して手が震えていたことを思うと、なぜか肩から力が抜けてリラックスしている。

問題内容も一、二回の読み直しで、回答が不思議に出来る。昨年は、回答が出来ず、何度も問題を読み直していた。社労士試験の午後の試験は膨大な量の問題で、労働、社会保険各法について、解釈に不安があれば正解からは遠い。時間との勝負である。

緊張しない理由は、無駄なプレッシャーが無いからだ。若い彼に会っていなかったら自宅に帰っており、午後の試験は受けていない、だから不合格で元々の気持ちが強く、頭をすっきりした状態で臨めたからだ。

一旦、帰ろうと思った気持ちが、合格に結び付いた要因とも言える。

でも、彼の存在は大きくて、今思えば、「神様か仏様」。天からの声としか思えない。彼の名前を聞いておけばよかった。後の祭りである。

その後、十一月になって封書が届いた。

嬉しいことに、封書には合格書類、今後の手続き関係書類が入っていた。何度も繰り返し読み、喜びを噛みしめた。インターネットで官報に合格者の番号が掲載され、それをコピーし保存した。意味のないことだが、それほど合格が嬉しかった。

今でも、翌日の散歩中、空へ舞いあがりそうな気持ちの高まりがあったことを覚えている。改めて社労士受験することを決心したことに間違いはなかったと、その日は、一日中、我ながら自分自身を褒めた。満開の「桜咲く」といった感じ。

もう、今後このような、気持ちの高揚するような喜びは体験することは出来ないだろう。

※本記事は、2021年3月刊行の書籍『明日に向かって』(幻冬舎ルネッサンス新社)より一部を抜粋し、再編集したものです。