経験的講義論

小学校時代から家族一緒にラジオ放送の落語を聞くのが楽しみであった。

特に古今亭志ん生は絶品であった。話し始めは小さな声で聞こえにくいので、

「何を話しているんだろう?」

と耳をそばだてる。また本筋の話だけでなく、時々脇道にそれたアドリブのネタを披露するのも、聴衆を飽きさせない。

落語は大学講義の参考になる。講義前の私語や騒がしさを収めるのに、大声での注意よりも、小さな声で講義をはじめると、教室は急速に静かになる。

講義の中では、時折本筋からそれたネタを披露すると眠っていた学生がガバッと起きるし、こちらもリフレッシュできる。

教室はいつも後席から埋まって行く。前列は女子学生が多い。後ろや両サイドの目立ちにくい席に、男子学生が座りがちである。

そこで

「最後席に座っている学生から質問するので、覚悟しておくように」

と宣言し実行すると、しばらくたって次第に前の席も埋まりはじめる。

講義では、自分が失敗した経験を話す。経験のない若者は失敗を極端に恐れており、耳をそばだてて失敗談を聞こうとする。質問は出ないものと諦めてはならない。

大人数クラスでは講義終了後、5分ほど教壇に立ち続ければ、おずおずと質問にやって来る学生もいる。この質問が次回の肥やしになる。

「次回から質問しなかった学生の氏名を読み上げる」

と講義終了後に注意すると、しばらくたって多くの学生から質問の手が上がるようになる。

最後に最も重要なことがある。

それは初回の講義である。自分流の講義の進め方・レジメの配布方法だけでなく、私語や遅刻・授業の態度に厳しく毅然と対応する姿勢を見せることである。

学生は最初の講義で先生を値踏みし、「楽勝」科目か否かを即座に判断しているから……