六月二十五日 月曜日

少女と告発と海潮音 2

高山葉月が、見慣れない一年生の腕を引っ張って教室に飛びこんできたとき、そこには、葉月同様、昼休みの残り時間をもてあました生徒たちがいた。ただならぬ様子に気づいた

生徒たちの視線が、葉月に集中する。

「血相変えてどうしたんだよ、高山。その一年生は―」

走り寄ってきたのは、成田宏一。やはり、あの場に居あわせた生徒の一人だ。おそらく、これから起こることをとっさに感じとったのだろう。

「この子がね、犯人を見たって言うんだ」

とたんに教室がざわめいた。座っていた生徒もいっせいに立ちあがり、寄ってくる。

「あの……わたし、犯人を見たとは……」

一年生が小さくつぶやいたが、その声は、たちまち喧騒の中へとのみこまれた。葉月に腕をとられ、さらには上級生にかこまれて、一年生は、今にも泣きそうな顔をしている。

「ちょい待てって! それ、マジな話なのか! フカシこいてるわけじゃないよな!」

宏一が声を荒らげると、一年生が、びくりとして首をすくめた。

「バカちん! (おびや)かしてどうすんのよ! この子、おびえてんじゃん」

「それでなくても、あんた、病みあがりのゴリラみたいな顔してんだから」

「なんだよ。病みあがりのゴリラってどんな顔だよ……」

女子にやりこめられた宏一は、憮然(ぶぜん)として肩を落とし、その場から一歩さがった。

「とにかく、この子の話、聞こうじゃない。冗談やひやかしで、わざわざこんな辺境の地まで一年生がやってくるなんて思えないし」

葉月は、声のほうに顔を向けた。立っていたのは、武藤紗菜絵だった。

「それに、そんな度胸のある子にも見えないよ」

ゆるく波を打つ肩までのワンレングス。その細い髪を耳にかきあげ、紗菜絵はにきびの目立つやせた顔を一年生に近づけた。一年生は、その場で倒れてしまうのではないか、というくらいに緊張で全身をこわばらせている。

紗菜絵の家は、このあたりではよく知られた医師一家だ。彼女自身、将来は医師になると公言していた。休み時間も参考書を広げていることが多くて、マンガやテレビの話にノッてきたりもしない。もしたずねたら、趣味は勉強、とか本気で言いそうだった。

有言実行で超まじめという点では、葉月も一目置いていたが、堅苦しいことが性にあわず「ま、いいじゃん」がモットーの葉月からすると、少しばかり苦手なタイプ。「もうちょっと肩の力を抜いたほうがいいんじゃないかな」なんて、ついついおせっかいなことを思ってしまう。