体位変換に関係しない、長期のベッド生活に伴う痛みが、同じ部位に出てきていた。そのために滞留した血の戻りをよくするための傾斜をつけるとか、部分的にベッドの接触部の減圧を図るとか、それぞれの目的に合わせた使い方で、折り畳んだバスタオルを膝の下や、かかとに入れていた。

しかも痛みが出た所は、直接ベッドのマットレスから少し浮かすことで、和らげる微調整も担っていた。リハビリの療法士が来ない日には、私がそれを実行していた。看護師はおむつを替えたあと、本人に痛みの箇所の確認を取り、同じ形に戻すことが多かった。

「それって、股関節じゃなくて左足のかかとが痛くなったってこと?」

左脚が外に倒れて、股関節に痛みが出て、脚全体がO脚状態にくずおれないように、支えることを目的として、枕を入れていた。そば殻の枕は、脚の形に添った高さで凹凸を作り、身体の向きに馴染んだ形で支えてくれていた。転院する前の療法士に私が教えてもらった方法だった。

「看護師サンガ、忙ガシイ。オムツヲ、替エタ後、脚枕ノ凹凸ヲ、手デ作ッテイル、時間ガ、ナイノ」

京子は私がかざしている手元の五十音字表で補足の説明をした。

「それは、そうかもしれないけど」

私は布団をめくって、妻の足を優しく包み込むそば殻枕の役目を確認して、取り去るのが惜しい気がした。

「それって、忙しさにかまけた看護師が、図々しくなってるだけじゃないの」と嫌味を言った。

そう言った後で、この病院に転院してきた頃のことが、私の頭をよぎった。当初、患者に買ってこさせた紙おむつを、病院が使用していた。ところが、水分の吸収率が優れたものがあるということで、病院側が外国製のものへと変更しようとしていた。

病院側の紙おむつの導入の同意書の内容を詳しく読むことなく、受け取ってすぐに私はサインをして渡した。すると、看護師は言った。

「三~四回までのおしっこは、これだと漏れる心配がなくなります。これで、おむつ代が安くなる方もいらっしゃいます」

それまでは、患者がてんでんばらばらにナースコールを押して、その都度、汚物を処理してもらっていた。新しいやり方では、同じおむつの中に、数回も排尿することになる。看護師の言葉で初めてそのことに気付いて不潔さを感じた。

女性看護師の言葉は、患者第一主義で推し進めているのだと、これ見よがしに言っているように私には思えた。そのことが、ひどく気に障った。天邪鬼な私には、逆に病院の合理化と言われたほうが、すんなりと受け入れられたかもしれない。

転院したばかりで病院の制度がよく飲み込めていない時期でもあり、矢継ぎ早に、いろいろな入院に関する書類の提出を迫られていた。いちいち気にかけている暇がなく、承諾のサインをしてしまったが、今、思い出しても腹立たしい。その時も、最後の抵抗でわざと返事を返さなかった。

※本記事は、2021年7月刊行の書籍『ALS―天国への寄り道―』(幻冬舎メディアコンサルティング)より一部を抜粋し、再編集したものです。