また、正嗣の興味を引いたのが、街中を我が物顔で走っているジープニーだ。ジープニーとはフィリピン独自の乗り合いタクシーのような乗り物で、もとは米軍払い下げの貨物用ジープを改造していたそうだが、今は工場で新車を製造している。客席としてドライバー席の後ろの荷台スペースの左右にベンチシートを向かい合わせに設置している。助手席が空いていればそこも客席となる。

オーナーの趣味によって、派手な塗装や装飾が施され、カーステレオからはフルボリュームでディスコ系音楽を流している。狭い通りでもクラクションを鳴らしながら爆走していて、よく事故を起こさないものだと感心してしまう。

ドライバーはオーナーから一定時間ジープニーを取り決め料金で借り受け、運賃収入が全てドライバーのポケットに入る。つまり運賃収入がレンタル料金とガソリン代の合計額より多ければその多い分だけドライバーの儲けとなるため、決められた区間をより多く走りよりたくさんの客を乗せようとする。

時折同じ路線を走るジープニー同士が客を取り合うこともあり、レースでもしているかのごとく抜きつ抜かれつ走っている様も目にする。ジープニーの路線は複雑で料金も距離によって異なるようだ。正嗣はいつかジープニーを乗りこなせるようになってやろうと思った。

寮のあるアドリアティコ通りからマビニ、デルピラールの二本の通りを越え、更に海岸に沿って走るロハス・ブルバードを渡るとマニラ湾だ。マニラ湾に沈む夕陽は世界一美しいとは聞いていたが、実際に見るとそれが嘘ではないことが実感できる。

何とも形容しがたいドロ~ンとした朱色に空を染め、燃え尽きたように白っぽくなったまん丸の太陽が水平線にゆっくりと落ちてゆく。

〈夕焼け〉とはよく言ったもので、本当に空が焼けているようだ。右手遠方に見えるバターン半島の山々は黒いシルエットとなり、朱色の空をより強調している。一年で最も暑い四月の夕陽はことさら美しい。

日中は痛いほど肌を突き刺す直射日光で灼熱地獄と化すが、この時間になると海風が吹いて過ごしやすくなる。正嗣は陽が沈んだ後も夕焼けの朱色が薄まっていく様をいつまでも飽きずに眺めていた。

※本記事は、2021年6月刊行の書籍『サンパギータの残り香』(幻冬舎メディアコンサルティング)より一部を抜粋し、再編集したものです。