フォンテーヌブローの森 3

それからさらに二週間以上経った日曜日、カミーユはフェルスタンベール街への道を急いでいた。あまりに気が急いて足がもつれそうだ。クロードは、昨日のうちにパリに戻っているはずだった。今日、アトリエに来てほしい。彼の手紙にはそう書いてあった。

アトリエが近づいてくると、カミーユはいつものようにドレスの着こなしや髪の乱れが気になり始めた。あんまり慌てて駆けるように歩いてきたから、帽子は曲がっていないか、その下の髪はほつれていないか、ボディスに外れたホックはないか、スカートの形は崩れていないか、ひと通り点検してアトリエのドア口に立った。

ドアを開けたのはクロードだった。クロードは、カミーユの顔を見るなり、その体をきつく抱き締めた。言葉を発する間もなく、二人は唇を求め合った。首で結んでいたリボンがほどけて、カミーユの帽子が下に落ちると、二人はようやく体を離した。クロードは先に立って、アトリエの中へとカミーユを導いた。

アトリエに入ると、フレッドがいつもと同じ穏やかな笑顔で振り向いた。目が合うと、カミーユは思わず顔を伏せてしまった。もし、頰が上気していたら、今玄関で二人が交わした秘め事がばれてしまうのではないかしら。

「やあ」

フレッドの顔は屈託のないものだった。

「今、クロードの習作を見ていたところだよ。こっちはすでにタブローだ」

フレッドが「こっち」と指したキャンバスには、森の風景が描かれていた。ああ、クロードが描きたいと言っていた風景画。フォンテーヌブローの澄んだ空気の中に、さわやかな陽光が拡がっている。毎日親しんだあの森の香りが漂ってくるようだった。

その隣に、森にピクニックに来たらしい何人かの男女を描いた習作が置かれていた。これが、今回クロードが構想していた野心作。この習作をもとに彼はこれから大作を仕上げるのだ。

「タイトルは『草上の昼食』だ」

気づくと、クロードがどこからかスコップを引っ張り出してきていた。

「中庭に溝を掘らせてもらおうと思ってね。ちょっと部屋には入りきらないから、中庭に立て掛けて描くんだよ」

「クロードは全く人使いが荒いんだからな。フォンテーヌブローから手紙を寄越して、中庭に溝を掘る許可を大家から取り付けておいてくれって言うんだから」

「僕だって大家宛てにご丁寧な手紙を書いたろ?」

「それを渡しに行ったのも、嫌味を言われたのも僕だぜ」

そう言いながらフレッドは笑っていた。クロードの大作を楽しみにしているのは本人だけではない。フレッドだって心待ちにしているのだ。それは、彼らがめざす“新しい絵画の旗手”としてクロードの両肩にかかる期待だった。

※本記事は、2020年8月刊行の書籍『 マダム・モネの肖像[文庫改訂版]』(幻冬舎ルネッサンス新社)より一部を抜粋し、再編集したものです。