古い本屋と古い靴屋に挟まれた路地を入ったところにその理髪店はあった。

いうまでもないが、古い本屋は本が古いのではなくて、本屋が古い。

靴屋ももちろん靴が古い訳ではない。

朝慎ましくシャッターを開け、晩方また慎ましく閉めるその繰り返しの日々が、店の上に降り積もっているようだ。

そして目指す理髪店にも同じ時間が降り積もっているらしく、居眠りしているような店構えだ。

店内に入るといつもソファでご主人が新聞を読んでいる。

「いらっしゃい」と言ってちらっと私の顔を見て、「おーい」と奥に声を掛ける。

女性客は奥さんの係と決まっているらしい。

それから私を鏡の前に座らせ、ケープを掛け、自分は定位置のソファに戻る。

そうこうしているうちにパタパタと奥さんが出てくる。

ご主人は無口だが、この奥さんはよく喋ってよく笑う。

私はそれが気に入ってこの店に通うのか。

いや、そういう積極的な理由ではなく、家の近所で、わざわざ身ぎれいにしていく必要もないというものぐさな理由でここに立ち寄るようだ。

しかし、この奥さんの話は、毎回大抵縁起でもない。

初めて聞いたのはこんな話だった。

「こないだこの先のお屋敷で火事があったんですけどね。知りません? あらそう。あったんですよ、火事が。消防車が何台も来てウーウー言ってね。この辺もちょっと焦げ臭いようなにおいがしてましたよ。いえ、死人は出なかったんですけどね」

ここで奥さんが唐突に高く笑ったので、ギョッとする。

「これで三度目なんですよ。ね? びっくりしますよね。でね、それがみんな放火。まだ犯人捕まってないんですって。こわいですよねえ。やっぱり高利貸しだからですかねえ。そうなんですよ、高利貸しなんですよ。いろいろ恨みを買ってるんでしょうねえ。今までは死人は出てませんけど、次あったら四度目ですからねえ。今度こそ死人が出たりして」

そう言って奥さんはまた高らかに笑った。