思い出される記憶はセピア色などではなく、鮮明すぎる色彩を維持していた。去来した想いを握りこぶしに変えて、舟底へと叩きつける。それは咆哮(ほうこう)にも似ていた。そうしないと自分が保てなかった。

憎悪で握りしめた拳は、舟底に鈍い音を響かせる。舟底を叩くたび、わたしの右手に閃光のような痛みが走った。その閃光を振り切るように、なんどもなんども拳を強打する。そのたびに右手が炎を宿したように熱を帯びた。

わたしは、知っている。大事なものを奪われる痛みは、こんな単純な痛みの比ではない。感覚をも失いかけた右拳を庄兵衛が制した。

「そんなことをしても、諫さんが望んだものは帰ってきませんよ」

「また説教か」

「忠告です」

わたしの右手を掴む庄兵衛の力は凄まじく、右手の自由がまったく効かなかった。そのあいだにも舟は光から遠ざかる。わたしは自分の非力さを心から呪った。

こぼれていく命。短い人生のなかでも、わたしはそれらをなんど救いあげようとしただろう。だが本当に救いあげたかった愛する娘の命は、わたしの指の隙間をすり抜けていった。庄兵衛は黙って櫂を海に差し入れた。

光と陽菜が遠くなる。わたしは慟哭(どうこく)した。

「もし」

「なんでしょう」

「もし神に会うことがあったなら、伝えてくれ。『最初から奪うことが決まっているのなら、与えてくれるな』と」

さめざめと泣き腫らした熱いまぶたを、ひとすくいした水に浸した。わたしがなぜこの姿をしているのか。その謎が解けた。

わたしが最も後悔している陽菜の記憶。そのときとおなじ姿形というわけだ。やがて光が掻き消された頃には、両岸にいる人の群れがふたたび出現した。

しかしここで変化があった。彼らはわたしではなく、舟が進む方向に目を向け始めていた。わたしはすべての記憶を集め終えたらしい。ということは、彼らが見つめる先で待ち構えているもの。それがおそらく門であることは容易に想像できた。流した涙が心を浄化してくれたからだろうか、今この胸に込みあげるのは寂寥(せきりょう)感だった。

地獄の門をくぐる。その可能性を密かに受け入れはじめていた。

※本記事は、2021年4月刊行の書籍『門をくぐる』(幻冬舎ルネッサンス新社)より一部を抜粋し、再編集したものです。