六月二十五日 月曜日

少女と告発と海潮音 1

高山葉月は、重い足どりで教室に向かっていた。廊下から見える空には、今日も墨で染めたような雨雲が垂れこめていた。五時限目の授業開始までは、まだかなりの時間がある。けれど、こんな天気じゃ校庭をぶらつくわけにもいかない。

しかたなくのぞいた図書室は、どの席も先客に占領されていた。なにをしても、どこにいても息がつまる。沈んでいく船の囚とらわれ人になったみたい。

雨の日と月曜日は、いつだって憂鬱……歌好きの母の影響でおぼえた昔の歌だ。カーペンターズ、だったかな。いわば、人をブルーにさせる最強のタッグ。そういえば、だれかがもっともらしいことを言ってたっけ。

雨が人の心に作用するのは、羊水の海に沈めた遠い夢の記憶を揺り動かされるから、とかなんとか―。

「もう、やんなるなあ……」

われ知らずつぶやきを漏らしたあと、葉月はくしゃくしゃと髪をかきあげた。

わかってる。なにもかもあの事件がいけないんだ。でなきゃ、いくら梅雨だからって、基本お気楽人間のあたしがここまで気を滅め入いらせるわけない。

金曜日は、教室全体が浮き足立ったまま、なにがなんだかわからないうちに終わってしまった。ただ、朝の騒ぎのあとで具体的に起こったことはそれほど多くない。一番大きなことは、-Fの真下、植えこみと校舎の間に、捨てられた血のりの痕跡があったことだろう。

しかも、状況から見てそれは、2-Fの教室から捨てられたものらしかった。一階の教室から窓の外を見ていた一年生が、コンクリートの上に飛び散って凝固していたそれに気づき「なんだ、これは」ということになった。

そのちょっとした騒ぎがわたしたちにも伝わり、ことの次第が明らかになったのだ。そのせいで「2-Fの死神事件」は、早くもクラスを飛びだし、あちこちに広まりはじめている。

それにしても、奇妙といえば奇妙だった。カード事件そのものは、異様に手がこんでいるというか、粘着質系の周到さを感じさせるのに、残った血のりをその場で窓から捨ててしまうなんて、そこだけすごく雑っぽい。そのギャップが、ちょっと腑に落ちなかった。

犯人は、血のりの後始末(あとしまつ)までは考えていなかったのだろうか……。週が明けても、ふと気がつけば、頭の中を占めているのはあの事件のことばかりだ。

きっと、みんなも同じだろう。午前中、あえて事件の話題を蒸しかえす生徒は、さすがにいなかった。まるでそうしようと示しあわせたみたいに、だれもかれもが一様に口を閉ざしていた。

意識的に明るく、おちゃらけて振るまっている男子生徒も何人かいたけれど、かえってそれが、教室に立ちこめる重苦しい空気を増幅させた。