そのあとは何事もなかったかのように皆、食べて飲んで騒いで、一次会はお開きとなった。静真は、明日実家に帰らなければならないからと言って、早々にいなくなった。

「占いの結果は満足のいくものだった?」

後ろから声をかけられた。振り向くと、さっき私が置き去りにした吉田がいた。特に怒った顔はしていない。

「まあね。あの神﨑さんて人の実家って、どこか知ってる?」

私は、(この人めげないな)と思いつつ、吉田に訊いた。

「鹿児島だよ。時々語尾が半音上がるだろ」

「ああそれで……やっぱり日本語をしゃべっているつもりでも隠せないもんだね」

「あはは、言うねえ君も」

「あら、だって鹿児島って日本だっけ?」

そんなことを話している間にも、何人かの女の子が、吉田を二次会に誘ったが、吉田は全て、「今日はやめておくよ」と断った。そうして気づけば、私と吉田の二人だけで歩いていた。

吉田はW大の医学部に通う五年生で、名を海人と言った。

「かっこいい名前だね。私なんか、なほ子だよ、つまんない」

「そうか? クラシカルで可愛いと思うけどな。ところで、やっと俺とちゃんと話してくれたね」

「えっ」

海人との会話が上の空であったことを見透かされていたことに気づき、私は少し狼狽えた。よくよく男性に狼狽させられる夜である。

しかし海人は、気にしない風で、

「なほ子さん、もともと横浜なの? 俺も横浜なんだよ。今は大学の近くに一人暮らしだけどね。正確には犬と住んでるけど」

と会話を続けた。私を「捕まえる」までは寛容さをアピールするつもりだろう。

「あらどんな犬?」

私は平静を装いながら訊いた。

「マルチーズ。犬好き? 見に来る?」

言いながら海人はさりげなく私の肩に手をかけた。「高校の時から、ラグビーをしています。医学部の学生で、将来は外科医希望です」と自己紹介していたその男の手は、医師よりは職人が似合いそうにゴツゴツとしていた。背が高く、半袖のシャツからは、いかにもスポーツマンらしい鍛えられた腕が伸びていた。

私はその手を見ながら何故か、神﨑の長く細い指を思い出していた。南国の男のくせに白い綺麗な手だった。(男のくせに気持ち悪い。やっぱり私には似合わない男だ)と私は改めて自分に言い聞かせ、

「うち、門限あるんだよね。マルチーズって可愛いよね。何て名前?」

と答えた。

今夜は間違っても「見に行きたい」と答えてはいけない。それは、まだ先の話だ。

それに、門限があるのは本当だ。

※本記事は、2021年5月刊行の書籍『夢解き』(幻冬舎メディアコンサルティング)より一部を抜粋し、再編集したものです。