「実は、私ども化粧品会社は、百貨店での売り場の位置を少しでも良い場所に、たとえば、入り口の近くやエスカレーターの近くなど、目立つ所で、人が沢山流れる所に設けるのがとても重要なんです。百貨店の場合、何といっても売り場の位置で売り上げが左右されてしまいますから。

そこで、少しでも良い場所を確保するために、百貨店のお偉い方を接待するのですが、そういう時に、私どもみたいなふだんは売り場で美容部員をしている者が駆り出されたりするのです……智子さんは、全くの偶然で、もし銀座の交差点で逢って、うちの課長がいっしょに誘えと言わなかったら、そんなことにはならなかったんですが……」

「それに、智子が……」

それを聞いて、智子と井上の二人の情景を想像しても、もう達郎は腹が立たなかった。二人は既に死をもって、その罪の償いを済ませているからだ。

「……ええ、もう私も引っ越してしまいますから、ここだけの話として、お聞きください」と言いながら、女はさらにコーヒーをすすった。

「その先がまだあるんです。その宴席で、もし、先方が気に入られた女の子は、一晩付き合ってしまうんです……」

「え、」

ということは、からだで接待するというのか。化粧品会社の接待というのは、そういう仕組みになっているのか。達郎は、耳を疑った。

「ええ、ご想像の通りです」

さすがに男馴れしているとみえて、女は勘が良く、達郎の気持ちを読んでいた。

「当日は、私ともう一人の美容部員の子がいたので、二人のうちのどちらかを選んでください、とうちの営業担当が言ったんですが、この池袋の人が、智子さんがいいと言い張ったんです」

な、なんということだ。達郎は、その話を聞いて唖然とした。

「そ、それで、智子はどうしたんですか」

「私も、智子さんは絶対に断わるだろうと思っていたんですが、その人に付いていってしまったんです」

「ほ、ほんとうに」

「ええ……言いにくいですけど、むしろ、智子さんの方から、積極的に受け入れていたように見えたくらいです……」

これで、この田中という美容部員の女と井上と智子との関係を、線で結ぶことができた。それにしても何ということだろう。化粧品会社は、良い売り場を確保するために、接待と称して、百貨店の連中に自社の美容部員を抱かせているなんて……金儲けのためには手段を選ばない、ビジネスマンらしいやり口だ。