殺人現場

マンションの二軒隣のビルに喫茶店があった。ちょうど奥まった所に席が空いており、そこなら人に話が聞かれないで済みそうだったので、達郎たちはそこに着席した。ウエイトレスがオーダーをとった後、さっそく達郎が話を切り出した。

「この写真、どうしてあなたがお持ちなんですか」

「……」

ほんの少しの間、その女はためらった後、口を開いた。

「実は、私、化粧品会社で美容部員をしているんですけど、ちょうど去年の今頃、私がうちの社の接待要員に駆り出され、銀座の料亭に向かう途中、智子さんと偶然逢ったんです。

その時、うちの社員のうちの一人が美人の智子さんを気に入って、いっしょに接待に同席しないかと、私に誘えと言ったんです。私は、智子さんは絶対に他人の会社の接待になんか、付いてくるはずがないと思っていたんですが、誘ったら、来るって言ったんです……」

化粧品会社、接待、それらは、あの日井上が口にしていた単語だ。ということは、この女が、そうだ、田中、田中だ、さっきネームプレートを外していた。

「あ、あなたが化粧品会社の田中さん」

「そうですが、智子さんから私のことを聞いていらっしゃいましたか」

「え、いや、聞いてません」

そういえば、智子はその接待の場に、化粧品会社の田中という女性に連れてこられた、と井上が言っていた。いったい、この女と井上と智子がどのように絡むのか、瞬間的に推理を試みたが、頭が混乱して、うまく線で結びつかなかった。

「そ、それで……」

早く話の展開を知りたかった達郎だが、そこに、ウエイトレスがコーヒーを運んで来たので、テーブルの上に広がった写真を伏せながら、女の説明を待った。

「接待の相手は、松越百貨店の池袋店の店次長さんと、一階の売り場を統括していた部長さんで……」と言いながら、女が伏せられた写真を再び表にして、店次長と部長を交互に指差した。何と池袋の店次長というのが井上だった。

「こ、この男は……」

達郎が井上のことを尋ねると、

「この人は、もう池袋にはいないそうで、どこか地方の店に転勤になったそうです。名前は忘れましたけど」

この女はその後の智子と井上との関係を知らないのだろうか……いや、そんなはずはない、何かを隠している。

「この男と、うちの智子は、つまり、関係していたということですか」

達郎は、初耳のごとく装った。女はコーヒーを一口飲むと、小さく口を開いた。

「……え、まあ……はっきりとしたことはわかりませんが……」

その返答を聞きながら、達郎はしげしげと写真を眺めた。