フォンテーヌブローの森は広大だった。

大きな樹々が生い茂り、夕暮れに差し掛かった森はひんやりとして静かだった。やはり、都会からレジャーに訪れたらしい人々が散策しているのをときどき見かけたが、クロードほどせかせかと森の中を歩き回る人はいなかった。

とにかく早く「ここ」という場所を見つけたい。

クロードの背中はそう語っているようで、疲れているはずのカミーユは溜め息交じりに笑った。

夜、宿では狩場らしく鹿肉が出された。クロードは赤ワインを飲むたびにちょっと顔をしかめたが、メインディッシュはあっという間に平らげると、給仕してくれた宿の女将に声を掛けた。

「仔鹿、うまかったです。あのソースには何を使っているんですか」

小太りで、人の好さそうな女将は愛想よく説明した。

「バラの実を使うのがポイントね。鹿はね、バラの実が好きなの。ジビエは、その生き物がよく食べていたものを添えると相性がいいのよ」

「なるほど」

クロードは、社交辞令で人をほめたり関係づくりのための質問をする男ではない。本気でその仔鹿料理と女将の答えに感心しているのだ。

ソースや調味料、焼き加減など細かく質問した後、部屋に戻るとクロードは一冊のノートを取り出した。忘れないうちにと、そのレシピをできるだけ詳しく書きつけた。

夢中になっているクロードの横顔を眺めながら、もし、自分がクロードに料理を作ることになったら、これはなかなか大変そうだと思った。

そしてすぐ、そんなことを考える自分を滑稽だと思った。

私たちは結婚の約束をしたわけではない。

そう、結婚の約束をしたわけでもないのにこんなところまで付いてきてしまった。

一人手持ち無沙汰になると、この数週間ずっと苦しんできた罪悪感がまた胸を塞いだ。

自分を疑いもせず送り出してくれた母の笑顔が、さらに胸を締め付けた。

「……ママンに噓をついたわ」

カミーユはつぶやいた。

重みに耐え切れずに吐き出してしまったものの、その言葉はむしろ自分の噓を罪と確定してしまったかのようで、一層慄いた。

クロードはノートを閉じると、カミーユの隣に座った。

※本記事は、2020年8月刊行の書籍『 マダム・モネの肖像[文庫改訂版]』(幻冬舎ルネッサンス新社)より一部を抜粋し、再編集したものです。