第2章 AI

第1項 人工―知能

棋士というものの存在を脅かす、脅かすという言い方が過度な敵意に満ちやや不適切であるとすれば、揺るがし、存在意義をもう一度捉え直す契機を提起した、将棋をPLAYするもう一つの存在として将棋に向け開発された人工知能は、ここ10年くらいのうちに脅威的加速度をもって進化を遂げたようだ。

人工知能の応用範囲は多岐に渡り、医療・介護、自動運転、保険・金融商品の創造、検索の補助、人間との対話、軍事産業、等々数えればきりがない。

与えられた課題を自律的に学習する能力(ディープ・ラーニングというらしい)を得てからは、その応用範囲は、実社会に実用化するためには生理的、感情的、道徳的、倫理的、政治的、資本的、種々の制約から、なお時間的、段階的なフェイズを経る必要はあるものの、技術的には人間生活のおおよそに網羅された。雑誌やニュースでは、人工知能にこれから或いはやがて代替される職種が並べられたり取りざたされ、その技術が切り開くであろう華々しい未来と反面失われていく雇用について、主に実利的な面から、そのいずれを重視するかによって讚美されたり悲観されたりしている。

今や広範な通用性を得た人工知能。その飛躍的速度を備えた進化ゆえに我々が内に抱いた不安感がそうさせるのか、それは一つの主体の様に存在している。私は『電王戦シリーズ』、とりわけ故米長邦雄永世棋聖の名著『われ、敗れたり』をきっかけに、人工知能に激しい興味を持った。

私の緩やかな人工知能に対する感想・評価は、実生活における影響の面から言えば、“何だか紛らわしいものが出てきたな”、というものだった。それは今でも変わらない。

パーティーに、友達以外の知らない人間が混ざっている。パーティーはいつの間にか仮装パーティーになっていて、一目に誰が友達なのか分からない。友達を確かめようとして色々と尋ねてみるのだが当を得たよそよそしい返答ばかりで要を得ず、どうにも居心地が座らない。

仮装パーティーの夜は和やかに煌(きら)びやかに楽しげに、不安な自分をよそに更けていく。そんな夢を見ている様な感じがしている。

※本記事は、2018年12月刊行の書籍『人間を見つめる希望のAI論』(幻冬舎ルネッサンス新社)より一部を抜粋し、再編集したものです。