羽田を夜遅く発ち、アンカレッジで給油してロンドンに飛ぶことになっていた。

政裕にとって初めての海外旅行で緊張していた。搭乗して座席について、社長に預かってきたスイスで時計を買うための現金を胴巻きに入れて隠していたがそれがなくなっていることに気が付いた。

大変なことになってしまったと思った。アンカレッジでは三十分の待ち時間があって乗客は空港ビルに移動した。

政裕はトイレに急行、身体検査して下着の間に胴巻きを発見した。額に冷や汗をかいていた。

出発早々、トラブルにあって先が思いやられた。

ロンドンで三泊した。第一夜はケンジントンガーデン近くのケンジントンホテルで明かした。

バスルームのタオルハンガーがスチームで温められていて、バスルーム全体が暖かったのが珍しかった。朝食はトーストだけの質素なものだった。ミルクとコーヒーをカップに同量注ぎこむのが奇異だった。

散歩のためホテルから出てホテルの写真を撮っていると、こうもり傘を携えた紳士が通りかかり、君は泊まった宿の記録を写真にしているのだ、といったように感じた。

政裕は何か返事しようとしたが言葉にならなかった。外国人と対面した初体験だった。

ケンジントンガーデンを歩いてみた。きれいに手入れされて気持ちがよかった。

小鳥が沢山いたが近寄っても逃げなかった。貸切バスで市内観光に繰り出した。ボンドストリートに連れていかれ、バーバリーで買い物に立ち寄ったが、政裕の手が出るような値段ではなかった。

バッキンガム宮殿の衛兵交代は大勢の見物客、ウエストミンスター寺院とトラファルガー広場、大英博物館では、古代エジプトのツタンカーメンの遺体など、市内観光はスケールの大きさに圧倒された。

午後、急に雷鳴と霰に見舞われ雨になった。人達がこうもり傘を携えている理由が分かった。

次の日は一人で地下鉄を乗り回した。車両はコンパートメントになっていて、そのそれぞれにドアがあり一斉に乗降できるようになっていた。

政裕が乗った場所は満員だったがすぐ席を譲ってくれた。ヴィヴィアン・リーの映画で知っていたウオータールーブリッジを渡ってみた。

※本記事は、2021年8月刊行の書籍『波濤を越えて』(幻冬舎メディアコンサルティング)より一部を抜粋し、再編集したものです。