高齢者が認知症になり、しかも病気が進行してくると、自分で季節にあった服を選べなくなってきます。私たちのクリニックで診察する高齢者の方々も、夏に厚着をしていることがしばしば見られます。気温が30度以上の真夏日でも、厚めの下着をつけていたり、腹巻を巻いていたりして汗をかいています。診察時に、厚着であることを指摘しても、付き添いのご家族は、「注意しても聞かないのです」と答えることが多いです。

老人施設に入っている高齢者でも、夏の厚着はよく見られます。「暑いので薄着にしましょう」と言うと、その場では頷くことが多いのですが、職員の話によると、脱ぐように言っても実際はなかなか聞いてくれないようです。対策として夏には冬服を片付けるようにと施設職員にアドバイスすると、今度はその冬服を探して施設の外に出ようとするので、なかなか思うようにはいかないようです。

さらに認知症が進行してくると、ズボンの下にパジャマをはいていたり、下着も2〜3枚重ね着をしていたりすることもあります。そういう場合には、「汗をかいて脱水症気味になりやすいので、水分は十分に取って下さい」と付け加えます。ご家族や職員が見守ってくれていれば、一応よしとします。

以前、ある施設にいた極端に寒がりのおばあさんで、いつも5〜6枚服を重ね着してまるで十二単(ひとえ)のようないでたちの方がいました。「九州育ちだから寒がりなので」というのが厚着の言い訳です。さすがにそれだけ着込んでいると、エアコンが効いていてもかなり汗をかきます。

「どうしてこんなに汗をかくのでしょう?」と診察時に聞くので、私はここぞとばかりに「暑いからですよ。服を少し脱いでみては?」と促すのですが、「私は寒がりなので」と繰り返して絶対薄着にはなってくれません。さすがに汗で下着が濡(ぬ)れるのは気持ちが悪いようで、さらに暑くなると自分で服の下にタオルを巻くようになっていました。

するとタオルが汗で濡れる、タオルを取り換える、またタオルが濡れる、の繰り返しで、濡れたタオルは部屋に何枚も吊って干されていました。施設職員の誰もこのやり方を変えられませんでした。この方はかなり認知症が進んでいましたが、自分で、「汗をかくのでタオルで吸収して、そのタオルを順次取り換える」という思考回路はしっかりとありました。でも、人の言うことを理解し、納得して、言われたように行動するのは苦手なままでした。