結び終わった柿を、抱えて自宅に持ち帰ってからが、また一仕事。まずベランダの物干し竿に、柿同士が重ならないよう紐の長さを調節しながら互い違いにつるす。そして鳥が来ないようにネットを掛け、雨に気を付け、風通しに気を配りひと月半。

先生に合格点をいただける甘く美味しい干し柿が出来上がった時は心底ほっとした。母も娘も干し柿は大好物。お手伝いのご褒美は、たくさんの干し柿とみんなの笑顔。先生は憧れの強くて潔い大人な女性、人生の先生だ。

義理の両親と私の父、3人共重い病気を何度も患いながらも最後まで気丈だった。昭和一桁の彼らは肝が据わっていた。

余命宣告をされていたにも関わらず、あちこち私を連れ歩いてくれ毒舌で笑わせてくれた義父。私に隠れてお酒を飲んでは、それを見ている孫娘に「ママには内緒だよ」と笑っていた父。「体調が心配だから来ちゃダメ」と言っているのに、シンガポール旅行までついてきちゃう義母。病気になろうが、年を取ろうが、強烈な個性そのままに生きた彼らはかっこよかった。

彼らの勝手さは優しさでもあったと今ならわかる。「世話になっている」と卑屈になられたり、変に物分かりよくなられていたら、私はやりづらかっただろう。私との関係性を変えずに、いつまでも年長者らしく「かくしゃく」としていた3人。おしゃれで自分のスタイルを崩さずに最後まで好きに生きた3人は素敵だった。若い者にも病にも負けない。自分は自分、好きな様に生きる。それが彼らの美学だった。

奇しくも3人共、最後の言葉を遺したのは、私と二人病室にいた時。「マコ、今までありがとう」と義父。

看護師さんの「この人わかる?」という問いかけに応じた義母の言葉。「長男の嫁の雅子です」

几帳面でいつも時計をつけていた父が私に聞いた。「腕時計どこだ?」「パパここだよ。今ママを迎えに行ってくるから待っていてね」。それがみんなとの最後の会話になった。彼らから、病気になっても病に負けない心、年老いても年齢に負けない強さ、最後まで諦めずに自分を生き抜く姿勢を学ばせてもらった。不撓不屈。かっこよく生きて死にたい。

不撓不屈ふとうふくつ どんな困難や障害をも乗り越える強い意志を持っているさま

※本記事は、2020年6月刊行の書籍『ママ、遺書かきました』(幻冬舎ルネッサンス新社)より一部を抜粋し、再編集したものです。