バイトの講師たちも帰り、秋元、篠原さんも九時には退社した。誰もいなくなったフロアは嘘のように静まり返っていた。電気を消して鍵を閉めるとタケルは疲れた脚を引きずって教室を後にした。

一人暮らしのマンションに学生の時のまま住んでいるのは駅から近いからだ。歩いて十分ほどで住み慣れている。タケルは環境の変化をあまり好まない。

自炊をしないので外食ばかりで味気ない食生活を続けていた。周りには新しくコンビニばかりが増えて、順番に回るのが日課のようなものだ。そこで食べれば、家のごみも少なくて済む。

このR店は最近リニューアルオープンしたばかりでタケルのお気に入りだった。イートインスペースの奥に、自分と同じ年齢くらいの、髪の長い女性が壁のほうを向いてサンドイッチを食べていた。他には客は誰もいなかった。

こんな遅い時間なのに仕事の帰りだろうか。時刻はほぼ十一時に近い。上品で清楚系の洋服に身をつつんで、肩甲骨あたりまでにのばした髪はきれいに手入れされていた。派手でないハイブランドらしい黒のバッグを膝に置いていた。

大企業に勤めているのだろうか、こういう少し古風な感じのする女性がタケルの好みである。顔を見たいという思いをおさえて、自分は隠すように牛めしと味噌汁を少し離れた場所で急いで食べた。

昼食をとる暇がなかったので空腹を満たせるならば何でもよかった。急いで食べすぎたので喉が詰まった。ボトルのお茶に手を伸ばして倒しそうになり、ばたついてしまった。その拍子にタケルは腰を浮かせて椅子から自分の鞄を落としてしまった。

その瞬間、髪のきれいな女性が、少しクスッと笑ったように思えた。冴えない自分を更に嫌悪した。別にカッコつけてもしょうがない。

ネクタイを汚さないように気を取られていたら、次の瞬間、もうタケルの視界にはいなくなっていた。

なんだ、つまらないと思いつつも、時計を見ると時間はかなり過ぎていた。タケルも足早にコンビニを出たら、店内の明るさから一転、夜道は真っ暗で、時折通る車のライトだけがかろうじて道を照らしている。上弦の月がタケルの心を寂しく照らす。

タケルは自然と足早になりマンションの玄関にたどり着いた時、すでに十二時を過ぎていた。