次女が生まれて数週間したころ、私は新築の家に帰りました。家の中は荒れていましたが、これも想定内。手早く片づけを済ませ、家族4人が暮らせる空間を取り戻しました。

そこから育児は二人になり、やはり一人のときよりも数倍大変でした。次女は早朝から起き出す子で、数ヵ月間、朝は4時起きの生活でした。

その間も夫には、いくら夜中に娘が泣こうとも、起きてあやそうとか、私の身を案じようとか、そんなそぶりはまったくありません。

それどころか、赤ん坊の泣き声がうるさくて、翌日の仕事に差し支えるからとさっさと自分の布団を抱えて隣の部屋に移りました。次女が9ヵ月になったころ、私は仕事に復帰しました。

いま思えばですが、子どもを二人、それも乳幼児を二人育てることは、夫婦で協力できていたら、あれほど辛くはなかったのでしょうね。

カサンドラにありがちな、まったくのワンオペ育児でした。二人の子どもを育てながら、仕事もする。毎日あっという間に日が暮れ、クタクタに疲れていました。

土日ぐらいは子どもを連れて公園にでも行ってくれればいいものを、決して自分から子どもと関わろうとしない夫でした。私が頼めば公園ぐらいは連れて行けます。

行ってどう過ごしていたかは定かではありませんが、きっと目を離しまくっていたのでしょうね。危ない、危ない。

公園には行けるけど、ほんの数分で帰ってきました。もっといろいろ工夫して遊んでやればいいのに。不器用というか、要領が悪いというか、とにかく子どもと仲良く遊ぶことはできない人でした。

私の理想の休日は、家族でお弁当を持って公園へ出かけ、お父さんと子どもが仲良く遊んでいる図。思い出す限り、そんな経験は結婚以来一度もありません。

子どもを公園へ連れて行こうとして、彼を誘うと「行きたくない」と言いました。そんな近くの公園なんてつまらない、もっと遠くの(自分が)楽しいところへ行きたいと。また長女のときと同じことを言います。

もう、あのときと同じ疲労感は感じたくなかったので、夫と一緒に、夫の提案でどこかに行くことはありませんでした。どうせまた、あり得ないような距離の場所とか、あり得ないような繁華街、家電量販店に行くに決まっているのです。

このころから、子どもを連れて公園に行くのは私の仕事になりました。公園も、お花見も、秋の紅葉も、夏のプールも、何もかも一人で連れて行きました。

ご近所のお友達ができても、私がみんなを連れて行きました。これは、子どもたちが中学生になるころまでずっと続きました。そのとき夫は、いつも家でゲームばかりしていました。まるで私たち3人がいないかのように。

まったく私たちには関心を示しませんでした。

※本記事は、2021年6月刊行の書籍『カサンドラ症候群からの脱却』(幻冬舎ルネッサンス新社)より一部を抜粋し、再編集したものです。