先輩は、社内結婚で七歳年下の事務員と結婚した。当時は、周りを羨ましがらせるカップルだった。こんなカップルも歳を重ねると「部屋食」状態になると思うと遣る瀬無い。

なぜこのような状態になったか分からないが、誰もが定年前後の判断は「人生百年時代」高齢化が進む「超高齢社会」で大変重要なことだけは理解できる。

私は、迷惑を顧みず、先輩に言える立場ではないが、

「やっぱり、仕事していない状況はよくないですよ。仕事を、現役の時のようにバリバリやって、先輩らしく前を向いて進んでいる姿を奥さんに見せれば状況は変わるのではないですか。現在、長生きをする時代、先輩の年齢では、まだまだ、何かできないですか」

先輩は、窓の外の慌ただしく歩く人ごみを見て

「何、言っているのだ」

と反駁するような目つきで私に噛みつくように、

「周りからも、仕事の話はあるさ。何年も経つと、もう以前の俺には戻れんよ。わからないだろうな。人生はわからんよ。文明、文化を経た人類も、何千年前の人と今の人とはそんなに変わっていないのさ。

俺は、明るくなったら起き、太陽が真上になったら、どこかでラーメンを食べ、太陽が沈んだら家に帰る。眠くなったら寝る。そんな毎日さ。人間は動物なのよ。俺は自分の想うように生きたいと思っている。二人の息子は家内の味方で、俺は、『一人ぼっち』を頑固に肩怒らせて生きている自分を充分に理解している。

人間は、一人では生きられないことも、知っているよ。人間は、みんなが、いつの間にか組織の歯車になっている。そんな世の中が嫌で嫌でしょうがない。組織の真っただ中に三十五年間、身を置いてきた俺が言うのはおかしいな」

私は、先輩の禅問答のような話を理解できずに、勝手に「燃え尽き症候群」の状態かと思った。先輩は有名大学を卒業し、会社でも選抜社員で役員になることは間違いなしで将来を嘱望された人材だった。

呑気な性格の私とは違うのはわかるが、奥さんのことを考えると、「現役のころの先輩と今の先輩」の違いを理解できず、不安な毎日を過ごしていることは理解できる。

でも私には、如何することもできない。私たちは、現在、如何のように生活しているかの話は避けて、過去の話に話題を転じて大いに笑い、意気投合した。

そして、只々、肉を競い合って、口に入れた。人生は山あり谷ありで、誰も将来を予見できないことを思い知らされた。

※本記事は、2021年3月刊行の書籍『明日に向かって』(幻冬舎メディアコンサルティング)より一部を抜粋し、再編集したものです。