コンスエラは、夫と二人でこの本を見たときのことを思い出して、幸せな気持ちになった。二階から、子供たちの楽しそうな笑い声がひびいてきた。しばらくしてロレンソが口を開いた。

「この地方は平和でいいですね。僕の方では時々暴力事件がありますよ。今年になってバナナ農家が襲(おそ)われて土地をうばわれる事件が起こりました。麻薬(まやく)ギャングの力がどんどん大きくなっているんです」

「本当に怖(こわ)いですね」

「もし、自分の身に何かあっても、マリアとフランシスコが安全に暮らせるようにしておかなければと思っているんですよ」

コンスエラが泣きそうな声を出した。

「何が起きるっていうんです? そんなこと言わないで、ロレンソ」

「だいじょうぶですよ。心配いりません。そんなことにはなりませんよ」

ロレンソは笑顔を見せた。

「実は今度の旅行には、ガルシア牧場が安全かどうか確かめる目的もあったんです。ここはだいじょうぶです。安心しました」

家の中が明るいのに比べて外は真っ暗な闇(やみ)で、明かりに引きつけられて飛んできた昆虫が、居間の窓ガラスにぶつかる音が何度も聞こえた。

フランシスコとカルロスと子犬は、翌日、ミランダ一家が出発する時間まで牧場を走り回って遊んだ。そのおかげで、すっかりカルロスに慣れた子犬は、ミランダ一家が遠ざかっていくときも、カルロスの腕の中でおとなしくしていた。

※本記事は、2021年7月刊行の書籍『ヘロイーナの物語』(幻冬舎メディアコンサルティング)より一部を抜粋し、再編集したものです。