〈宇山祐介の事情〉 制限とリズム

「もう少し入れて! お願い!」

出来上がったケバブを受け取る前に指をさしてお願いすると、トルコ人の店主は手に持ったピタパンに気持ちばかりの羊肉を入れてくれる。ポイントは両手を合わせて、満面の笑みを作ることだ。

私(宇山祐介)は、哲也の音楽教室に足を運ぶようになってから、ほぼ毎日といっていいほどこのケバブサンドを食べている。昔からジャンクフードには目がないのだ。ケバブを頬張り、それをコーラで流し込む。これがまた絶妙にマッチしてうまい。

小さな窓から顔を出す店主と小話をしていると、後から若いOL風の女性が二人やってきた。私は少し下がって二人の様子を見ていた。女性がケバブサンドをオーダーすると、店主はピタパンいっぱいの羊肉を盛り付けて彼女たちに渡した。それは常連の私のケバブサンドよりも明らかに多かった。

私と目が合った店主は気まずそうに笑いながら店の奥に消えた。この店はそろそろつぶれるだろう。

私が働く音楽教室の事務所はここから2ブロック先にある。

今日は休みだが、間違いなく哲也は事務所にいる。意外性のない哲也の行動パターンは大体知っていて、今食べている昼食まで容易に想像できた。シナモンのたっぷりかかったドーナツとMサイズのアイスコーヒーが、あいつのお決まりセット。まるでOLの昼食だ。時間や規則に縛られるのが苦手な人に限ってルーティンを作りたがるという。哲也は物事の進め方にルールを作ることによって、自分のリズムを作っていると言っていた。

事務所のドアを開けるとエアコンの涼しい風が私を迎えてくれた。

室内からふんわりとシナモンの香りがしたので、私は「ほらね」と得意になった。部屋の奥のスピーカーから、うっすら聴こえるローリングストーンズの「ジャンピン・ジャック・フラッシュ」。懐かしい曲だった。昔、哲也と一緒にバンドを組み始めた頃にやった曲。

あいつはこの曲の間奏部分でいつもミスをして、そのたびに演奏が止まってメンバーから茶化されていたっけ。

私は「懐かしい曲聴いているな」と、ドアを開けたら哲也にそう言うつもりだった。

ところがドアを開けた私は、目の前の光景を見て言葉を失った。

ひっくり返った椅子、散乱した書類と足元に転がるスマホ。その先に横たわる物体に一瞬うろたえたが、それが哲也だとわかるまで時間はかからなかった。それは昔のように悪ふざけをしている様子ではなかった。

哲也は瞼を震わせながらこっちを見つめていた。

私はすぐに哲也に駆け寄り、声をかけたが、微かに反応はあるものの彼に返事を返す力はないようだった。哲也の呼吸は浅く、肌の色は不自然なほど青白く染まり、額から流れる汗の量も尋常ではなかった。まるで糸を抜かれた操り人形のようにぐったりしている哲也に向かって、私は何度も呼びかけた。

やがてそれに意味がないことがわかると、思い出したようにスマホを手に取った。119に電話をかけるのは初めてだった。本当に繫がるか不安になったが、落ち着いてゆっくりとダイヤルキーを押した。コールが1回鳴ったところで男性が電話に出た。

「消防ですか? 救急ですか?」

電話の向こうの男性は恐ろしいほど冷静な声で話しかけてきた。おそらく“できるだけ冷静に”とでもマニュアルにあるのだろう。

私は「救急です」と答えて、できるだけ平静を保つように心がけて電話の向こうの男性と会話をした。哲也の状況や年齢、持病なんかを聞かれ、救急車がどれくらいで到着するとかそんな話をした。

電話で話している横で哲也の呼吸がどんどん弱っていくのがわかった。

「頼むから息をしてくれ! 目を開けろ、こっちを見ろ!」

私は願うように声をかけ続けた。

5分もすると救急車のサイレンが遠くから聞こえた。私は救急車を誘導するため外に飛び出したが、そのあとのことはもうよく覚えていない。

札幌に住む哲也の家族と連絡がついたのは、夜遅くになってからだった。翌日のフライトで哲也の母が東京に来ることになった。昔から付き合いのある私は、家族からの特別な許可(遠い親戚と嘘をついただけだったが)をもらって担当の医師から話を聞いた。

病名は“左室緻密化障害”というものだった。

医師は拡張型心筋症の一つだと付け加えていったが、まったく聞き覚えのない病名でピンとこなかった。頭の悪い人間でも理解できるように医師はわかりやすく説明してくれたのだろうが、どうにか理解できたのは、哲也の心臓に異常があることと、ペースメーカーと呼ばれる装置を体内に取り付ける必要があるということだけだった。

その夜、私は自宅で左室緻密化障害やペースメーカーについて調べた。

前者は調べたところで何が書いてあるのかさっぱりわからなかったため、おもにペースメーカーをつけた人たちがどのように生活をしているのかを調べた。

そもそも心臓は、血液を送り出すポンプであり、ペースメーカーはそのポンプに何らかの異常(不整脈など)が生じたときに備えて、その監視と治療を行うように設計されたものらしい。つまり、ずれてしまった心臓のリズムを戻すために、電気信号を与えてリズムを整えることができる代物ということだ。

ペースメーカーを装着した場合、さまざまな制限は伴うものの、症状によっては一般人と同じ生活を送ることが可能と記載されていた。スポーツも、旅行も、入浴も、食事も可能なのだ。「さまざまな制限が伴う」。この気になる部分をケアすることで、今まで通りの生活ができる可能性がある。調べれば調べるほど私は不安に駆られたり、希望を持ったり、さまざまな感情が湧き出てきて心が落ち着かなかった。長い夜だった。

哲也と会話ができたのは翌朝のことだった。

ベッドに横たわった彼は少しやつれた感じではあったが、思ったよりもケロリとした様子だった。

「悪かったな、急にこんなことになって。教室はどうなってる?」

こんなときに教室の心配を真っ先にされて唖然としたが、「こいつらしいな」と思って息をついた。哲也に代わって講師陣の管理をしなくてはならない私を察して尋ねてきたようだったが、実際のところ講師が不足していて、私が管理に回る余裕などなかった。返答に困ったが、私は昨夜のうちに昔の音楽仲間をあたって、臨時講師を確保したと彼に話した。

彼を心配させないために言ったでたらめだったが、その危機はあっさり解決した。

経緯を聞いた大谷が非常勤講師として現れたのだった。

※本記事は、2020年4月刊行の書籍『旅するギターと私の心臓』(幻冬舎ルネッサンス新社)より一部を抜粋し、再編集したものです。