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一歳六か月健診の会場で、奇声を上げる男の子がいた。保健師の相談項目には発語の遅れという記載があった。診察中もまわりをキョロキョロ見回し、落ち着きがない。

母親の話では人見知りはせず、よちよち歩きでどこへでも向かうので目が離せないという。自閉症を疑わせる幼児である。

診察の際、母親とこんなやりとりをした。

「言葉があまり出ないと聞きましたが、どんな言葉が言えますか」

「クルマは言えます。車が大好きで『クウマ、クウマ』と言います」

「ほかには何か言えますか」

「祖父をジータンとは呼べます」

「ママやパパとは言わないのですか」

「言いません」

「なぜでしょう」

「共働きのせいでしょうか。ただ、親の写真を見せて『誰? 誰?』と聞くと、『ママ、パパ』と言えるようになりました」

「ママ、パパの写真をみせるとママ、パパとは言えるけれども、目の前のお二人には『ママ、パパ』とは言わないのですね」

「そうです」

「日中は誰がみているのですか」

「祖父です」

「おじいちゃんは元気ですか、いつも遊んでくれていますか」

「ハイ、いつもふざけっこして遊んでくれます」

日中は車が好きな祖父とじゃれ合って育ったため、ジータンと車という言葉はいえるようになったがパパ、ママの言葉は出ない。

焦った両親は写真を見せ「パパよ、ママよ」と教えたつもりだが、写真のパパ・ママはパターン認識で覚えてくれたものの現実の親の実像とは結びつかないようだった。

自閉症の中には、相貌失認(そうぼうしつにん)といって人の顔を認識できないタイプの人がいる。

時々刻々と変化する顔の表情を認識できないのである。たとえ日々一緒に暮らしていても家族の顔すらおぼろげにしか見えないため、背丈や声、服や髪型などを通して人物を特定し、認識することだってある。

風景や書棚のような静止画像の詳細を一瞬で覚える能力はあっても、時々刻々と変化する顔の表情は読み取れないというケースを実際に経験した。

この子の場合、相貌失認によるものというより、親子間の情緒的交流に問題があるように思えたので、親子の密な交流を勧めると共に自治体でのフォローや障害児対応が可能な保育園への通園を勧めた。