「む……その、あやめはわしで良いのか」

「良いのか、とは」

「夫婦となる相手がわしで良いのか、ということじゃ」

「……弥三郎殿はどうなのです、私のことをどうお思いですか」

「わしは、あやめが好きじゃ、昔からずっと好きだった」

「私も、弥三郎が好き」

その一瞬、まだ幼かった昔が蘇ったような気がした。

なつめのような瞳は今も変わらずにきらきらと輝いてこちらをまっすぐに見つめている。

氏信は弥三郎に戻って、頬に血を上らせ、つい内に秘めた思いを漏らした。

「わしは、未熟じゃ、能の才も、元雅様には及ばぬ」

「十郎兄様と比べてもしょうがないでしょう、それに、未熟ならば修行を積んで追いつき、追い越せば良いのです」

「追い越せると、思うか」

「はい、そう思わねば先へ進めませぬ、そうしていずれは追い越しなされ、兄様も、父様も」

氏信はそのとき、心底あきれ果てたことを思い出す。

あやめは十郎が大好きで、兄が理想の男なのだろうと思っていたから引き合いに出したのだ。それを、元雅どころか世阿弥までも越えてみせよと言う。

あの人間離れした、能の権化とすら思える世阿弥を。

これは大変な女を嫁にもらうことになったのかも知れぬ。

心中に舌を巻きながら、無論表には出さずに済ませたのは、氏信としては上出来であった。