ようやく一階にたどり着いた。急いでドアを開けると、マンションの裏口に出た。ちょうど良い、誰にも見られずに済むかもしれない。

達郎は、植え込みのある建物の脇を抜けた。すると正面に金網があって、そのまま外へは出られなかった。左側にドアがある。仕方なくそれを開けると、玄関ロビーに出た。

達郎は、普通の歩速に変えて、何事も起こらなかったように振る舞おうとした。だが、呼吸がぜいぜいして、平静さを保ち続けるのが大変だった。

玄関のガラスのドアを開けると、右手に管理人室があった。まずい、と思ったが、窓ガラスが締められていたので、ほっとした。

幸運なことに、ここまでは人に逢わなかった。誰にも目撃されていないと思った。

通りへ出た。一刻も早く、大阪の家に帰りたかった。このまま急いで金沢駅に行けば、もしかしたら大阪行の最終の特急に間に合うかもしれない。

仮に間に合わなくても途中の駅で下車して、そこに泊まっても良い。今はただ、この金沢という土地から、すぐに離れたかった。

それは、警察という追っ手から逃げたいという気持ちが先走っていたせいかもしれない。

達郎は、とにかく電車に乗ろうと考えた。急いで金沢駅に行きたい。それなら、すぐにタクシーを拾わなければならない。

大通りに出た。客を乗せたタクシーが何台か通り過ぎた。それらを見送った瞬間、ここでタクシーを拾うのは危険だ、と思った。

タクシーを拾って犯行現場から逃げる、というのは捕まる犯人がよく犯す失敗例だ。犯人を乗せたタクシーの運転手の証言で、顔が割れたりする。ここで、タクシーを捕まえたら、必ず容疑者と見なされる。

今、タクシーに乗って、金沢駅に着かなければ、大阪へ帰るのは難しい。

ちきしょう、大阪に帰れないか、と思いながらも、今は早く帰ることよりも殺人の証拠を残さないことの方が先決だ。急いでタクシーに乗って、運転手に見られて、余計な目撃者をあえて作ることはない。達郎は、空車を見送った。

結局、タクシーを拾わずに金沢駅方面へ歩くことにした。

高級なマンションだったので、監視カメラがあるかもしれなかった。そこで、写っているはずの帽子を脱いだ。かぶって歩いているその姿が目撃され、後で証言されないとも限らない。

歩きながら、大阪方面の列車に乗ると、今晩中にどのあたりまでたどり着くことができるだろうかと考えた。途中の長浜あたりだろうか、それとも敦賀か……まてよ、深夜に敦賀に着いて、そこで宿を探すのも怪しまれやしないか。

犯人は、急いで大阪方面に帰ろうとしたが、列車の関係で、途中の敦賀で一泊することを余儀なくされた。警察はそう推理するかもしれない……

それなら、裏をかいて反対方向に乗れば良い。そうだ、富山方面へ行けば良いのである。

犯罪者の行動は単純だから絶対に家の方向へ帰る。警察もそう読むに違いない。

※本記事は、2021年5月刊行の書籍『店長はどこだ』(幻冬舎ルネッサンス新社)より一部を抜粋し、再編集したものです。