退院

長い最初の入院生活が4ヵ月を過ぎ、いい加減退院できないものなのかと思っていた。内服するステロイドは25ミリグラムになっていた。副作用で顔はムーンフェイス、お腹は妊娠線ができて悲しかった。僕は5年生になっていたが、まだ一度も登校していない。担任の先生の顔も知らないし、入院前は新築工事中でプレハブだった学校が、新しい校舎になっていたので楽しみでもあった。

そんなある日、主治医から「そろそろ退院しましょう」と話があった。嬉しかった。ようやく退院だ。不味い病院食から解放される。なかなか採れない採血ともおさらばできる。7月28日に退院した。学校は夏休み中で、登校は9月から。登校前に初めて担任と会った。色黒の少し強面の先生だったが、とても僕には優しかったし、よく理解してくれていた。安心して登校できると思った。

登校初日、ジャイアンツの野球帽を被って登校した。太陽の紫外線防止の意味も込めていたが、ほかの子はみんな違うマークの帽子を被っていた。そして、Tシャツも見たことのないマークの物だった。特徴的なのは、Tシャツの袖をなぜか腕まくりして、肩まで上げている。

「???」と思い、みんなの様子や話を聞いていくうちに、巷は、シャバは、『キャプテン翼』というアニメで持ちきりだったことがわかった。そのアニメに登場する人物がアディダスの帽子を被り、ある登場人物は試合中ユニフォームを腕まくりしてタンクトップのような格好をしていたのである。男子はみんな、そのアニメの真似をしていた。

何だか僕はジャイアンツの野球帽を一人で被っているのが恥ずかしくなって、母親にあーだこーだと現状を説明して、横浜高島屋でアディダスの帽子を買ってもらい、何とか流行に追いついていった。病院に入院して4ヵ月、出てきたら浦島太郎さん状態だったわけである。