女は食事を終えレジを済ますと重い足取りで店を出た。美紀は女を窓越しに目で追った。

女は降る雨の中を傘も差さずに国道の方へ歩き出した。

おかしい。

美紀の第六感がそう呟いた。

女の行動が二十年ほど前の自分の姿と重なった。

死のうとしているのに雨に濡れることなどどうして気になろうか。

騙された結婚だとわかり、思い描いていた未来が脆くも崩れて絶望的な気持ちになり、雨の中を死に場所を求めて彷徨ったことが蘇ったのだ。

「あの人は、死ぬ場所を求めてここに遣って来たのかも知れない」

雨に濡れながら去って行く女の漂わせる暗く絶望的な雰囲気が美紀にそう思わせた。

そう思うと放って置くことはできなかった。半分ほど食べた手捏ね寿司を残して美紀は勘定をそそくさと済ませ、玄関の傘立てに挿した赤い傘を急いで抜き取ると女のあとを追うように店を出た。

「ちょっと、ちょっと待って。貴方、傘を貸してあげるわよ」

美紀はそう言って先を歩く女を呼び止めた。女は肩まである髪をすっかり濡らし、訝しそうに振り向いた。着ているワンピースの裾からも水滴が垂れていた。

「ずぶ濡れじゃないの。そんなに濡れたら体に良く無いわよ。傘というよりどこへ行くの? 近くだったら送って行ってあげるわよ。私、車だから」

美紀は傘を差し掛けながら女に話し掛けた。

「有難うございます。でも、結構です」

女はそう言ってずぶ濡れの頭を軽く横に振った。

相手は結構ですと言っているじゃないか。それなのにお前は何をしようとしている。関わるな。見知らぬ女のことなど放って置け。そんな声が頭のどこかで聞こえた。

面倒を抱え込もうとする自分の馬鹿さ加減に少し呆れながらも乗り掛った舟だとの思いに押されて美紀はあとに引かなかった。

老いて行く己の身一つ守ることだけが唯一生きる目的では悲しすぎる。

家族のいない者の寂しさからか美紀は無意識のうちに人との関わりを求めてしまったのだ。

「結構ですって何言っているのよ、貴方。大丈夫? こっちに来て」

※本記事は、2020年11月刊行の書籍『浜椿の咲く町』(幻冬舎メディアコンサルティング)より一部を抜粋し、再編集したものです。