発達障害の子どもたち ─あるがままを認めプライドをはぐくむ─

ポケモンカード

本人にいったん、退出してもらい、母親と話し合った。

「M君は前の担任をすごく慕っていたと聞きましたが、今、前の担任について話すことはありますか」

「ありません」

「M君の態度が急に変わったのは正確にはいつ頃からですか?」

「確か三年生の終了式前後からだと思います。春休み中も不安定でした」

「確認しますが、四年生の新学期の前から不安定になっていたんですね」「そうです……」

「前担任とのお別れの後からイライラが始まったのですか」「そうだと思います」

「前担任の話を何か話しましたか」「話していません」

「前担任をすごく慕っていましたよね」「慕っていました」

「お別れ会の後からイライラが始まったのですね……」「そうです」

「イライラ状態で新学期を迎えたわけですね」「そうだと思います……」

「今の担任はご自分のせいでイライラしていると思っておられませんか」「そう思っているかもしれませんが、その辺はよくわかりません」

M君の急変の謎が解けたかに思えた。M君は大好きな先生への思慕の情を断ち切れず苦しんでいたのだ。前担任への思慕の念を処理できないまま新学期を迎えたことで、不安定な感情が一気に噴出したのだ。

通常、子育てを終えた母親が遭遇する「空の巣症候群」やペットの死で直面する「ペットロス症候群」では、当事者は強い抑鬱感情や悲哀の感情にとらわれやすい。しかし、子どもの場合、愛着対象との別れに遭遇したとき、抑鬱感情や悲哀感よりもイラツキや興奮という形で表面化しやすい。

高機能自閉症にADHDが併存するM君の場合、それが顕著に出ている可能性があると母親に説明した。担任は、そういう事情を知らず、イラつき、長髪や裸足で登校するM君の対応に苦慮している様子だった。診療を終えるにあたりM君と再び言葉を交わした。「君はよく頑張っている。えらい!」と褒めてあげた。

診療を終え、M君母子が退出し、次の患者の電子カルテに目を通していると、M君がいきなり戻って来た。笑みを浮かべて両手いっぱいのポケモンカードを広げて見せ、「好きなのを取って!」と叫んだ。「ありがとう!」と言って一枚頂戴した。笑顔で退出したM君は再び駆け戻り「もう一枚上げる」とカードを差し出し、駆け抜けて行った。M君が表現しうる精一杯の好意のようだった。

以後、散髪をきちんとやり、靴を履くようになったM君との対話は続いている。ADHDの薬の効果もあってM君は穏やかな学校生活を送っている。