彼女の『遺書』にはさらに来栖のことをひたすら思い遣るといった筆致で描かれた箇所もいくつか出てきた。

その中には所々百合の自己顕示欲と虚栄心が顔をのぞかせているのではないかと思えるところもある。『遺書』の前半部を昨日読み終わったときに既に感じ取った嫌な気持ちというのはこういうところからきているのだろう。

「今となってはいつの頃からかわからないのですが、私は来栖さんに恋心を抱いてしまっていました。全然告白もしていないのですから、答えて下さる余地も全くないということでは、私にとって不幸そのものの恋愛感情というものをもってしまったということなのでしょう。

あの方のことをふと思ったりすると、ひとりでに涙が出てきて止めようがなくなるのです。自分で自分のことが恥ずかしいのだけれど、日々の何気ないときに繰り返し涙ぐんでしまいます。まるで中学生の頃に初恋でおセンチになったような気持ちだと、そのような自分に呆れてしまって、自分の姿を突き放して見ているときもあります。

このような自分だからというのか、このような自分なのにというのか、あの方に恋しているとはっきり気づいてしまったときがありました。来栖さんのほうは私の気持ちなど、これまで全く気づくこともなかったようでした。

これから私がいなくなった後で、遅ればせにと言ってよければ、私の気持ちに気づかれるようなことでもあれば、あの方はもしかして大きな失くしものをしたと思われることもあるかもしれません。でもそんなことはうぬぼれにすぎなくて絶対にあり得ないだろうと思ってはいますが。

単に男性の容貌ということであの方の外見だけを取り出せば、女性を惹きつけずにはおかない人とは言えないのですから、あの方には悪いのですが、私ほどの強い愛情で彼に接する人がこの後現れるというようなことはありもしないのでは、というのが私の正直な気持ちです。

それから私の強い希望なのですが、あの方が何か望まれるようなことがあれば、私が描いたあの方の肖像画を私が死んだ後にですがあの方にあげてください。私の生きた証になるような物など残さないでとか、何らかの記念になるような物など何もあの方に差し上げるようなことなどしないでと言った後で、このようなことを書いてごめんなさい。

それからこれもつけ加えて書いてしまいますが、私がいなくなってからのことです。短いものでも充分満足しますので、彼に『百合さんを偲ぶ』といったような簡単なものを書いてもらえたら本当にうれしいと思います。

それも公表するとか、私の墓石に刻みつけてもらうというような大層な形のものでなく、あの方から受け取って家のどこかにそっと置いてもらって、知っているのは私の家族のものばかりという形で充分です。