長男に関しては、心配させられたこともあった。

彼が小学校に上がった頃、子供たちは自宅マンション一階の狭い共同スペースで近所の友達と遊ぶことが日常だった。

息子には、親の目の届かないところで危ないことをしないように、身を守るためにいくつかの言いつけをしていた。

『管理人室の時計を見て、午後五時までには家に帰ること』

『自転車は、マンションの敷地より外へは、乗っていかないこと』

『池には子供だけで遊びにいかないこと』等々。

親が諭している時は至極真剣な目で聞いていて、きっと言いつけを守ってくれるだろうと思えた。

そんなある日、門限の五時が過ぎても長男が帰ってこなかった。

しばらくすると雨が降り始め、外は薄暗くなってきた。気持ちが落ち着かなくなって、一階まで様子を見に降りて行った。

そこにはやはり息子の姿は見当たらず、その上、自転車置き場に彼の自転車もないことに気が付いた。

街中なので、近辺の交通量が多いため、低学年のうちは、親同伴の時以外は自転車に乗ることは禁じていた。交通事故が思い浮かんで不安になったが、とにかく自宅に戻って、帰りを待った。

午後六時が過ぎて、やっと玄関のチャイムが鳴った。

帰ってきたことに、とにかくほっとした。

安心と同時に、息子が言いつけを守らなかったことに腹が立って、うんとしかりつけようと思って、玄関の鍵を開けた。

その時、開いた扉の向こうに立っていた長男の姿と眼差しは、今でも忘れることができない。

彼は大人の顔の大きさほどもある泥だらけの大きなカメを三匹も、カチン、カチンと重ねて、落としそうになりながら、両腕一杯に抱え持っていたのだ。

手足も顔も泥に汚れ、全身雨に濡れた息子の姿がそこにあったのだ。

表情は、叱られることを覚悟しているようで硬かったが、三匹の大きなカメが自慢そうで、目をキラキラさせていた。

「どこへ行っていたの?」

「天神様の池……」

どうやら『池へ行かないこと』という三つ目の言いつけも守らなかったようだった。

親の言いつけをトリプルで反故にしてまで、カメを獲りたい一心の男の子の気持ちと、それを実行してしまう行動力が女親には想定外だった。

けれど、泥に汚れた顔の中の大きな目が妙に満足げで、三匹のカメを抱えたその姿がこっけいでもあり、痛快でもあって、思わず頬が緩んでしまった。

「今度からは、約束を守るのよ」

叱る口調で、それだけは強く言って、お風呂に入らせたのだった。

男の子の子育ては、わからないことが多くて、悩まされることが多かった。

けれども、その分、面白かったし、その醍醐味は十分味わわせてもらったような気がする。

※本記事は、2021年2月刊行の書籍『乙女椿の咲くころ』(幻冬舎メディアコンサルティング)より一部を抜粋し、再編集したものです。