私が、両親に一番感謝していることは、自由に好きに生きさせてくれたこと。

多分細かいことは色々言っていたのだろうが、聞き流していたから覚えていない。

子どもは親の小言や教えの中から「これは聞いておこう」「これは聞かなかったことにしよう」と、瞬時に取捨選択している。私自身も自分が納得しないお説教など、まったく聞く耳を持たなかった。

そんなわがままな私だが、二つだけ覚えていることがある。

両方とも私の高校時代、普段の何気ない暮らしの中で父母の口からポロっと出た言葉だ。

「色々、面倒くさくて嫌になる」と、私がいつもの愚痴を口にした時「生きていくのは面倒くさいものだよ」。静かな口調で父が言った。その時は「ふ~ん」と特段なんとも思わなかったが、後らじわじわ効いてきた。

決して平坦では無かった父の生涯と、その言葉を照らし合わせ、様々な葛藤を抱えながら生きてきた父を想像した。今でも時々それを思い返しては「私も頑張らなきゃな」と力をもらっている。

母からの言葉は「いくら遊んでもいいけど、つまらない、しなきゃよかった、なんて思いながら遊ぶのは、およしなさい」。その当時、アルバイトで小遣いを稼いでは、好き勝手に遊んでいた私
が目に余ったのだろう。心当たりがあっただけにグサッときた。

子ども達が生涯、心に留めてくれる言葉が、果たして私の発してきた「お小言」の中にあるのだろうか? もしあるのなら、それが何か聞いてみたい。でもきっとみんなの答えは「特にない」。

馬耳東風な彼らだから。

朝令暮改ちょうれいぼかい 朝に出した命令を夕方には変えること。法などが一定せずあてにならないこと