「私の名前はブラック・フォックス。お父さんはインディアン、お母さんは黒人奴隷さ。

両親やその仲間と共に、白人の農場から逃げ出し、インディアン部族にかくまわれたってわけ。沼沢や滝の畔、山々や砂漠を転々と逃げていたのだけれど、とうとう白人たちが追いついてきたのさ。

私は足を痛め、動けないもんだから、父さんに岩に隠れて待て、って言われたの。もう5日は経つかな。

何でも、父さんの知り合いが、アラパホ族にいるらしく、連絡が取れ次第、すぐ迎えに来てくれるってさ。でも、父さんも怪我をしていたし、もう駄目かもしれない……」

「そんなことはないよ。きっと大丈夫。ところでそのアラパホ族はどこにいるの」

「何でも、オマハって所だって」

「まだ足が悪いみたいだし、良かったら私の馬で一緒に行かない?」

「本当に良いの? 嬉しい」

ツー・サンズの持っていた地図が役に立った。オマハ到着には3か月ほどかかりそうだったが、二人の少女が友情を深めるには、十分過ぎる時間である。

旅を続ける間、ブラック・フォックスは、ツー・サンズの思慮深さと経験値に感心するばかりであった。ツー・サンズはブラック・フォックスから、英語を学んだ。

ブラック・フォックスは白人農場のメイドとして働く間、密かに新聞を読み、辞書をひき、単語と文法を熟知するまでになっていた。

無論、奴隷が英語を解することがわかれば、彼女は殺されただろう。

それをツー・サンズが問うと、

「そんなのバレるわけないよ。だって私はフォックス。狡猾な狐だもの。ご主人様の前では、何もわからない馬鹿なふりをしていたんだ」

ブラック・フォックスは、白い歯を見せて笑った。

「私の武器は、言葉と狡猾さだけじゃない。足が治ればわかるけど、どんな遠くにだって行ける。狐のように、足跡も体臭も消して、敵まで近づくことができるんだ。視力にも自信がある。どんな遠くの物だって見えるし、敵の気配も感じることができるよ。だから、私はあの地獄から逃げられたんだ」

ツー・サンズはいきなり下馬し、深く頭を下げ、ブラック・フォックスの手を取った。

「インディアンと黒人の血を引く、狡猾な狐、ブラック・フォックスよ。これからあなたを、友と呼ばせてくれませんか。私は太陽を背負う女、ツー・サンズ。シャイアン族の族長の娘であり、この数年、故郷を離れ、インディアンを救う仲間を探し、この大陸を放浪してきました。あなたと会えたのは、太陽の神の思し召しでしょう。私に力を貸してもらえませんか」

「なんだい、改まって。水臭いなあ。あの砂漠であんたに会ってなかったら、私は干からびて死んでたよ。一度死んだ身、何が怖いもんか。命の恩人のためなら、何だってするさ」

二人は握手を交わすと、再び馬に乗り、一路オマハを目指した。

※本記事は、2021年6月刊行の書籍『ザ・ラスト・リゾート』(幻冬舎メディアコンサルティング)より一部を抜粋し、再編集したものです。