ポケモンカード

小学四年生のM君の登場はすこぶる型破りだった。伸び放題の髪を逆立て、靴を履かず、裸足のまま、母親と共に診察室に現れたからだ。

「M君、こんにちは、体大きい、力もありそう……。運動は好きかい?」と尋ねるが面倒くさそうに無言のまま椅子に座った。

「でもよく来てくれた。君はひょっとすると床屋さんが苦手なんじゃないかな? 髪を刈る時、頭や首のあたりがチクチクするとか……」と尋ねると、一瞬顔を上げ「うん」とうなずき、「頭にカンパチ(円形脱毛症)もあるし……」と答えた。

「なるほど床屋さんが苦手なんだ。靴や靴下をはくのも足がムズムズしてイヤじゃないのかな?」と聞くと、「うん、だから靴はイヤ……」とぽつりと答えた。

母親の話では、幼少の頃から発達障害の特徴を有し、抱くと反り返って泣く、場所や雰囲気が違うとぐずる、着衣の肌触りにもすごく敏感だったという。

乳児期から人見知りせず、母の後追いもなく、一人遊びが多かったので共働きの母親にはかえって好都合だった。

しかし、保育園や幼稚園に入ると、乱暴な振る舞いが目立ち始めた。

小学校入学後もトラブルが頻発、学校から発達障害の可能性を指摘された。

ところが不思議なことに、小学三年生の時の担任との相性はよく、問題行動が激減した。

担任から「イライラしているときはイライラ煙が立ちのぼってほかの子にもイライラがうつるから、そういう時は別のところで休もうね」と言われ、空き教室や図書館で休ませてもらっていた。

担任の上手な対応が功を奏し、問題行動がほとんど目立たなくなったため、特別支援学級への移籍も見送られた。

ところが、小学四年生になった途端、状況が一変した。

イライラが目立ち、級友との衝突を繰り返すようになった。 担任も対応をいろいろ変えていたようだがトラブルは続き、些細な事で癇癪を起こし、授業にも支障をきたすようになった。

対応に苦慮した担任から、興奮を沈めるための薬の相談をしてはと進言され、受診したのだった。

M君の知能検査の結果はほぼ平均範囲内で知的の遅れはなく、注意欠如多動症(ADHD)を伴う高機能自閉症が考えられた。

母親の話では小学三年生の時は勉強も順調で、友達も大勢でよく家に遊びに来ていたという。ところが四年生になって急にイライラが目立ちはじめたとのことだった。

一か月後、M君が裸足のままながらボサボサ髪を刈り上げ、丸坊主姿で診察室に現れた。手にポケモンカードをいっぱい抱え嬉しそうだ。

丸刈り姿になったことから、こちらの期待に応えて髪を刈ってきてくれたのかと喜んだら勘違いだった。ボサボサ髪にクラスメイトのシラミをうつされ、やむなく散髪に応じたとのことだった。

本人との対話はスムーズに進んだ。

「頑張って学校に行っているんだってね。えらいなー、今、学校では何が一番楽しい?」

「トイレ……」「えっ! トイレ! なぜ?」

「トイレでオシッコするとき」

「そうか……、トイレでホッとできるんだ。頑張っているんだ……」

「君は学校で怒りん坊になること知っている?」「知っている……」

「なおしたいの?」「なおしたい……」

「教室でおとなしくじっとして先生から怒られないようにしたいの?」「したい……」

「つらいよね、でも君はえらい、つらくてもこうして学校に行けているのだから」

「……」

M君は自分の苦手な部分についてきちんと自覚していた。

じっとしているのが苦手、大勢の中にいるのも苦手、大きな音や、団体行動も苦手、靴や靴下を履くのもイヤ、漢字の書き取りも得意でない、忘れ物も多い、カッとなりやすいことなどきちんと自覚していた。自覚はしているもののコントロールできずに苦しんでいるようだった。

M君はよくなるものなら、苦い漢方薬も飲んでもよいとも言った。

※本記事は、2020年3月刊行の書籍『爆走小児科医の人生雑記帳』(幻冬舎メディアコンサルティング)より一部を抜粋し、再編集したものです。