病院は破綻するのか

「こんにちは、新しく当院の理事長となりました柏原良介です」

上山総合病院の大会議室から、院内ネットワークを通じて病院の各部門へと柏原の声が届く。

多少かすれがちでいつもより多少うわずっている、端の方に腰掛ける風二は、ふとそんなことを思った。

理事長を中心に2列に並んだ幹部たちの、生真面目そうな表情もときたま映し出される。

だが、最初は当たり前の就任挨拶だと適当に聞き流していただろう院内各所のメンバーたちは、次の瞬間、耳をそばだてることになった。

「この病院は破産します」

真剣な声の柏原がそう宣言した。

「もちろん、いますぐにというわけではありません。ただし、このままでは数年のうちにそうなります」

「まさかっ」と驚いたのは、一般の医療従事者や職員たちだった。

大会議室に集まった面々をはじめ、各部署の責任者クラスたちには、病院の経営が必ずしもうまくいっていないことは十分に分かっていた。

実際、自分たちの前を通り過ぎていく各種伝票や帳票の数字に多少関心を持てば、それぞれの部門が決して大きな利益を挙げていないことに気づかないはずはない。

また、半期ごとに公表されてきた財務資料でも赤字ばかりが続いているのは分かるはずだった。

だがひょっとしたら、「そんなことは悪い夢であって欲しい」という気持ちが、いつしか心のなかで事実をねじ曲げてしまっていたのかもしれない。

柏原は風二たちが作成した財務資料を手元に置いて、現実的な予想を淡々と説明していく。

「私たちの病院では、赤字決算が当たり前になっています。これは少量であっても出血が止まらない病人のようなもの。結果がどうなるかは、自明のことだと思います」

誰もがその話に青ざめるなか、風二は柏原が「私たちの病院」といったことに気がついた。

理事長とはいえ、つい先日からこの病院に来るようになったばかりの彼が「私たち」という言葉を使った。

最初に理事長室に呼ばれて以来、部門ごとの収支を打ち出すために何回か打ち合わせを行ってきた。そのたびに風二が準備を進める方法の細かいところにまで、修正や指示が出ることを多少うっとうしくも思っていた。

だが、たしかに「自分たちの病院」のことなのだから、下の者が持ち込んだプランに真剣になるのは当たり前だ。

単にアラを探しているだけではなく、「絶対にここを立て直す」と、この人は心からそう考えているのかもしれない、そんな風に感じられたのだ。

柏原の話は分かりやすくまとめた従来の経営分析から、今後の話へ続く。

実際、具体的になにをどんな段取りで進めていくかという内容へと進んでいた。

「将来的には、部門ごとに自分たちがいくら稼ぎ、いくら使っているかをメンバー一人ひとりが理解して働くようになって欲しい。それが最初の目標です」

風二は自分より前の列に並んで腰を下ろした医師たちの不機嫌そうな顔を想像した。

柏原は続ける。

「いまの『稼ぐ』という言葉に、違和感を持った人は多いはずです。でも、考えてみてください。医療を提供するためには病院という場が欠かせません。そして私たちが『稼げ』なければ、この病院はなくなってしまいます。ぜひ、今日から私たち全員で『稼ぐ』ことを考えていきましょう」

まばらに、本当にわずかな拍手の音が聞こえた。