第二章(いざ出発)

記念すべき納車の日から暫しばらくして、伊能が新車のアクセラ・スポーツを駆って、遥々とはいかないものの、国道一七号経由で都県境である一級河川の荒川を越えて、東京都二十れ高きコンサートホールにて開催される合唱コンサートを控えた最終段階のリハーサルに、伴奏ピアニストとして参加する妻のさぎりを会場まで送っていったのである。

伊能は、アクセラ・スポーツのシートに座るや否や、備え付けの最新ナビを起動して、埼玉県T市にある目的地を入力した。

入力にやや手間取ったのは、新車ゆえ、まだナビの操作に慣れていないためだった。

伊能は、優しく異性を愛おしむかのように、じわりと、ゆっくり、アクセルペダルを踏み込んだ。アクセラは、持ち前の静粛性を誇るエンジン音を些かも高ぶらせることなく、恰も大型客船ぱしふぃっくびいなすが桟橋を離れるが如くに滑かに発進した。

繊細なるこの操作は、いかなる急ぎの場面でも伊能が決して怠ることなく実践している操作方法そのものであった。

伊能は、自らがステアリングを握る車の同乗者が車酔いを起こすような事態を招くことを一生の恥じと心得ていた。事実、今までただの一度も、同乗者に車酔いを起こさせたことはなかった。それが伊能の自慢であった。

車酔いほど辛いものは仲々ないだろう。

とりわけ、気持ちが悪くなっても乗車し続けなければならない事情があるような場合は最悪である。それだけに、同乗者に気持ち良いドライブを提供したいと常々伊能は考えていた。

車酔いを起こさせる最大の原因は、ブレーキングの良し悪しにある。ぎくしゃくした所謂カックンブレーキが最低であり、一回でもそれをやられると同乗者の胃袋が悲鳴を上げるのだ。

運転技術のマニュアル本を紐解くと、しばしば見掛けるのが、ブレーキングのお手本は熟達した鉄道の運転士の操作だという記述である。ほかならぬ伊能はその正しさを自ら実証している一人であった。

熟練した運転士は、操作レバーを殆ほとんど動かさない。発進の際にグイッと押し込むと、巡行速度に達するまでまず何もしない。電流の赴くままに任せるのだ。そして、次の停車駅のホームが近くに見える辺りに来ると、ブレーキを一回ぐいと掛ける。が、微調整などは一切せずに、ホームの中ほどまで到達する。

そこに至って漸く、ジワリともう一回レバーをグイッとやるのだ。そのあと、停止位置に合わせるべく、ブレーキレバーで何度か微調整行なって停車させる。

この微調整の時点では、かなり速度も低下していて、乗客に与えるショックは極めて少ない。柔らかに停止するのである。

※本記事は、2020年12月刊行の書籍『奇跡の軌跡』(幻冬舎ルネッサンス新社)より一部を抜粋し、再編集したものです。