大学に進学してからは、部活やスクールライフを謳歌できなかった高校での3年間の反動もあってか、部活の他にJリーグのヴィッセル神戸のスタッフのアルバイトや掛け持ちで甲子園球場での係員のアルバイトにのめり込むようになり、語学の勉強については正直停滞しました。

それでも、語学の単位は意識的に選択して取得し、3回生からは大学の授業終了後、大阪の肥後橋にある朝日新聞のカルチャーセンターに定期的に通い、時事英語やハイレベルリスニングを社会人の方と同席して学んでいました。

ただ、これらの講座は有意義ではありましたが、自身の基礎力が不足していたので対症療法にしかならず、力はそんなに伸びませんでした。

講座での授業中、発言の機会があったのですが、とにかく言いたい単語が出てこない。キーセンテンスも自分が知らなかったレベルのものがポンポン周りから飛び出す状況で、お客さんのようになっていたことが本当に多かったです。

勉強していないところからある一定のレベルに追いつくまでには本当にしんどいです。

そして大学最終年、4回生の初めに受けたTOEICのスコアは480点止まりでした。私が就職活動をした時期はちょうど氷河期の真っただ中で、企業の厳選採用が一段と進み就職のハードルが高かった時期でした。

そんな中、学内で度々行われた就職のガイダンスでは、就職課の担当課長から厳しいことを何度も言われました。

特に語学に関しては「TOEICは最低でも600点以上ないと仕事で使えない。ましてや役職に就くなら730点以上は必要や。今のままでは履歴書にも書けへんわ。」と、危機感満載で言われたのを覚えています。

事実、語学力を昇格・昇進の条件に挙げている企業は20年前よりも増えており、大企業や有名企業の多くは役職の昇進基準にTOEICのスコアを明記しています。

さらに2008年のリーマンショック以降は、語学のハードルがより上がっていて、採用時からTOEIC700〜730点、中には800点以上を要求する企業もあるほどです。

TOEIC自体も、2016年に試験の形式が新しくなってから、難易度が上がったという声も聞かれます。

就職活動中は、航空大学校の受験を含め航空業界を狙っていたのですが、TOEIC480点では話にならないということで、就職活動中盤の2000年7月頃に留学に舵を切る決断をしました。

最終的には、企業から頂いた内定を辞退し航空大学校の受験準備を本格的に始める決心をしたことで、大学を卒業した2001年に渡英し、自身の語学学習に対するパラダイムシフトを図っていきました。

ここまで、長くなってしまいましたが私が日本で学生時代に行っていた学習について書き出してみました。読者の皆様にはこれらの事柄を反面教師として見てもらえればと思っています。

※本記事は、2021年4月刊行の書籍『電車で学ぶ英会話』(幻冬舎ルネッサンス新社)より一部を抜粋し、再編集したものです。