智子は打たせたモルヒネが効いているのかいつも浮かべている痛さに引き攣るような表情もなかった。

「喫茶店もスナックも商売は順調よ。でも、知っての通り壁紙やら何やかやとガタがきているわ。少し手を入れようかと思っているの」

「あれを始めてからもう二十年以上も経つからね。安普請の家やったけど、お陰で人並みの生活を続けさせて貰うことができたよ」

智子は美紀から視線を外し病室の窓からちらつく雪を眺めながらそう言った。

「それはお母さんの頑張りがあったからよ。感謝しているわ」

美紀がそう言うと智子は照れたような力の無い微笑みを浮かべた。外で舞う一月の雪が無意識にそうさせたのか美紀はふと母に訊ねてみたくなった。

「ねえ、覚えている? 随分昔のことだけどお父さんの葬式のとき、お母さんはどうして泣きもせずずっと怖い顔をしていたの?」

一人苦労を重ねて来た母には決して触れてはならない話題だったかもしれない。そう言ってしまった瞬間、美紀は智子が怒り出すのを予想した。

しかし、そう訊かれ、美紀に向き直った智子の頬の削げた顔にふわりとした笑みが溢れた。

「お前はまだ、小学校の二年生か三年生やった。そしてあの日も今日と同じように雪が舞っていたね。寒い日やった。窓から降る雪を見て母さんも思い出したところさ。親子やね」

懐かしく楽しいことでも思い出したかのように智子は遠い目をした。外の寒さに対抗するかのように病室の暖房は頭がボーッとするほどに効いていた。

※本記事は、2020年11月刊行の書籍『浜椿の咲く町』(幻冬舎メディアコンサルティング)より一部を抜粋し、再編集したものです。